この熱き人々

2016年9月20日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

 「もう50歳過ぎてるんやで。そろそろ友達と食事や旅行に出たりしたらどうや。何でまた苦労を買うんだって。借金の返済を考えると、これから5年、給料は無理や。それでもいいんやな、それでもやるんだなって夫が言うから、私はやるって答えた。給料はいらない。迷いはなかったんです」

 それからは建物を改修し、竹藪を自分で整地して好きな木を買ってきては植えていく。2年間、石村は家に帰らず、ホテルの宿直室に寝泊まりしたという。

 「借金のために家まで担保に入れてしまい、失敗したら夫が築いたものまで取り上げることになる。もう必死でした」

 掃除をし、シーツを取り換え、洗濯し、花の準備などホテルの仕事は山のようにあった。朝はレストランの掃除、朝食の準備。すべての仕事を自分で経験し把握する。この姿勢は、店に置く品物を仕入れる際にも貫かれる。

 「雑貨でも衣類でも見ていいなと思っても、実際使ってみて気づくこともある。衣類も何度も何度も洗ってみる。色落ちするかもしれない。これだけ落ちる。ここで止まる。そこをお客さまに説明できなきゃいけない。自分の暮らしの中で繰り返し使った上で、本当に良いと思ったら初めてお客さまにどうぞって。主婦だったからですね」 

 生活もお金も大事にする主婦の目は、品物が日々の使用にどれだけ耐えるか、どこまで価値を保つかを知りたい。使ってなお味があるものがいいものとして生き残れる。厳しいのである。

奈良の魅力を発信

 夫との別居状態に耐え、深夜に寝て早朝に起きる。朝の仕事を終えて7時。スタッフが出勤してくるまでのわずかな時間、レストランの窓際の席に座り、コーヒーを飲んだ。

 「まだ小さい木々を眺め、コーヒーを飲んでいると涙が止まらなくなり、ボロボロこぼれてくるんです。どうしてこんな道を選んだのか。借金は返していけるのか。自分の時間もない、給料もない。でもスタッフが来るまでには泣き終わって、おはよう! って笑顔で元気に声をかける。泣いてる者にだれがついてくるかと思うから。でも今思えば実は、一日のうちで一人のあの短い時間が、私にとっては弱さも出せる至福の時でもありました」

 疲れ果て、背負った重さに打ち震えながら涙を流した時間を、至福の時だったと言う。石村のたくましさを確かに見た気がした。

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