海野素央のアイ・ラブ・USA

2016年9月14日

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海野素央 (うんの・もとお)

明治大学教授、心理学博士

明治大学政治経済学部教授。心理学博士。アメリカン大学(ワシントンDC)異文化マネジメント客員研究員(08~10年、12~13年)。専門は異文化間コミュニケーション論、異文化マネジメント論。08年及び12年の米大統領選挙においてオバマ陣営にボランティアの草の根運動員として参加。16年米大統領選挙ではクリントン陣営に入る。著書に「オバマ再選の内幕―オバマ陣営を支えた日本人が語る選挙戦略」(同友館)など多数。

 現地リポートの5回目は、「タカ派とハト派のトランプ」です。共和党の不動産王ドナルド・トランプ候補は、突然、メキシコを訪問し、ぺニャニエト大統領と会談をしました。同候補は同大統領を友人と呼び、メキシコ国民に敬意を払い、移民政策に対して軟化した態度を見せたのです。ところが同候補は帰国すると、西部アリゾナ州フェニックスにおける集会で不法移民の強制送還を実行する特別チームの設置など具体的な計画を述べ、一転して強硬な立場をとったのです。

メキシコ・ぺニャニエト大統領と会談したトランプ氏(Abaca/Aflo)

 本稿では、まず移民政策でタカ派とハト派の双方の立場をとるトランプ候補の選挙戦略の背景に迫ります。次に、同候補のヒスパニック系及びアフリカ系有権者に対する急接近の効果を、戸別訪問で得た有権者の声を紹介しながら分析します。そのうえで、タカ派とハト派の使い分けの戦略が有効か否かを検討してみます。

硬と軟の使い分け

 トランプ候補は、硬と軟を使い分けた選挙運動を展開しています。たとえば、演説の途中で不法移民によって息子や娘を殺害された母親たちを舞台に登壇させ、彼女たちに一言述べさせるのです。その後、一人ひとりと抱擁したうえで、「ヒラリーは不法移民の家族が強制送還によってバラバラになってしまうことを懸念しているが、犠牲者の家族については語らない」と痛烈に批判するのです。しかも、クリントン候補がメール問題で不法移民のように法を犯したと犯罪者扱いするのです。

 戸別訪問を行うと、「ヒラリーは犯罪者だ! おまえは犯罪者の支持をするのか!」と怒鳴った白人男性の有権者がいました。「ヒラリーは刑務所に入るべきです」と厳しい口調で語る白人女性のトランプ支持者にも遭遇しました。
トランプ候補が、犠牲者の親族を登壇させる意図は複数あります。

 第1に、自身の移民政策の正当化です。第2に、白人女性の票の獲得です。第3に、恐怖心を利用した支持獲得です。第4に、共和党全国党大会で発信した「法を守り秩序を回復する候補」というメッセージの強化です。トランプ支持者の中には、米国とメキシコの国境に建設する壁に関して非現実的であると述べながらも、不法移民に対して法を施行し秩序を回復することは極めて重要であると主張する支持者がいるからです。トランプ候補は「米国民を不法移民から守る」という強いメッセージを発信し、強硬な態度をとっているのです。

 その一方で、トランプ候補は柔軟な態度も見せています。ぺニャニエト大統領との共同記者会見において、自分をコントロールしながら米国とメキシコの共通の国益に訴え、大統領としての適性があるという演出に成功したのです。

 トランプ候補が硬と軟とを織り交ぜたメッセージを発信している背景には、早くも刷新した陣営の中で選挙戦略に対する相違があるという見方が出ています。極右で強硬な立場を主張するスティーブン・バノン選対本部長最高責任者と、穏健な立場をとるケリアン・コンウェイ選対本部長との間の温度差が同候補に一貫性のない態度をとらせているのではないかと指摘されているのです。トランプ選対内の事情がどうであろうとも、硬と軟の使い分けは、一部のトランプ支持者に混乱を招く可能性があり、功を奏するかは不透明な状況です。

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