WEDGE REPORT

2016年9月17日

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田村明子 (たむら・あきこ)

ジャーナリスト

盛岡市生まれ。1977年米国に単身留学し、1980年から現在までニューヨーク在住。著書に『ニューヨーカーに学ぶ軽く見られない英語』(朝日新書)、『知的な英語、好かれる英語』(生活人新書)、『女を上げる英会話』(青春出版社)、『聞き上手の英会話』(KADOKAWA/中経出版)など。翻訳書も多数。フィギュアスケートライターとしても知られており、『挑戦者たち-男子フィギュアスケート平昌五輪を超えて』(新潮社)で2018年ミズノスポーツライター賞受賞。

数学系は遅れていたアメリカの高校

 それにしても、1年のうち8カ月くらいしか勉強しないアメリカ人が、なぜ世界の一流の経済を築いてこられたのか、それもまた不思議だった。私が15歳でノースカロライナ州の私立高校の10年生(日本の高校1年)に編入したとき、英語ではかなり苦労したけれど、幾何学と代数は日本でやった中2程度のレベルで楽勝だった。初めての幾何学のテストは全クラスで私だけが満点で、若い男性の教師は採点終わったテスト用紙を抱えて教室に入ってくるなり視線を泳がせて私の姿を探し、「信じがたい」という表情を隠そうともせずに、こちらをしばらく見ていた。

 英語がろくに話せなくて肩身の狭い思いをしていた当時の私は、それで胸がかなりすっとしたのを思い出す。アメリカの大学の入試代わりに使われるSATという共通テストがあるが、私が受けた当時は英語と数学の二教科だけだった。英語のほうは悲惨な出来で、大学に願書を出すときTOEFLのスコアで代用したが、数学のスコアだけならアイビーリーグにも入れると高校のアドバイザーに言われた。

アメリカの大学卒業の厳しさ

 こうしたレベルの違いを乗り越えて、アメリカ人が日本人に追いつくのはおそらく大学である。私はマンハッタンで4年制の美術大学を卒業したが、普通の大学より一般教科は少なかったとはいえ、単位を取るために毎日夜遅くまでキャンパスの作業スタジオで制作作業に終われ、ビルが閉鎖する夜の9時になると警備員に追い出される、という日々だった。

 「アメリカ留学、羨ましい~」と言っていた日本の友人たちが、大学に入ってやれサークルだ、合コンだ、アルバイトだと青春を謳歌していた頃、私は目を血走らせて机にかじりついていたのである。コロンビアの大学院で博士号までとったトルコ出身の知人に、あるとき「Ramenって知ってる?」と聞いたら、「Ramenを知らずして、どうやって博士号を獲得するんだ!」と言われたことがある。今やアメリカのスーパーでも売っているカップ麺やインスタントラーメン。おそらく彼はろくに買出しに行く時間すらなく、研究室にいる間はインスタントラーメンで生き延びたのであろう。

 よく言われることだが、日本の大学は入るまでは大変な思いをするが、いったん入学すればよほどのことがない限り卒業できる。逆にアメリカの大学は、入学の間口は広いが、卒業できるのは真剣に学業に身を捧げた学生だけである。それまでのアメリカの長い長い夏休みのつけが、この大学の4年間でいっきに解消されるに違いないと思う。

 今のんびりと、3カ月の夏を謳歌しているアメリカの子供たちには、ぎゅっと厳しく凝縮された大学生活が待っているのである。

  
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