韓国の「読み方」

2016年9月21日

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澤田克己 (さわだ・かつみ)

毎日新聞記者、元ソウル支局長

1967年埼玉県生まれ。慶応義塾大法学部卒、91年毎日新聞入社。99~04年ソウル、05~09年ジュネーブに勤務し、11~15年ソウル支局。15~18年論説委員(朝鮮半島担当)。18年4月から外信部長。著書に『「脱日」する韓国』(06年、ユビキタスタジオ)、『韓国「反日」の真相』(15年、文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)、『韓国新大統領 文在寅とは何者か』(17年、祥伝社)、『新版 北朝鮮入門』(17年、東洋経済新報社、礒﨑敦仁慶応義塾大准教授との共著)など。訳書に『天国の国境を越える』(13年、東洋経済新報社)。

1990年代には序列26位の党書記が亡命

 韓国政府関係者は最近、北朝鮮のエリート層による亡命が多くなっていると韓国メディアにしきりに語っている。聯合ニュースによると、今年上半期に10人近くの北朝鮮外交官が韓国に亡命した。8月には統一省が公式に、北朝鮮のテ・ヨンホ駐英公使が韓国に亡命してきたと発表した。その後も、ロシアで勤務していた外交官の韓国亡命などが報じられている。確かに体制を支えるエリートたちではあるが、過去にはもっと大物たちが亡命していたことも指摘せざるをえない。

 少し例を挙げてみよう。金日成時代の支配イデオロギーである「主体思想」を体系化した黄長燁(ファン・ジャンヨプ)党書記は1997年に韓国へ亡命した。当時の権力序列26位という超大物である。この年には、張承吉(チャン・スンギル)駐エジプト大使夫妻と兄の張承浩(チャン・スンホ)・フランス貿易代表部代表がそろって米国へ亡命してもいる。張大使は1992年に40歳代前半の若さで外務次官となり、94年に駐エジプト大使となったエリート中のエリートだ。ちなみにエジプトは、非同盟諸国との外交を重視してきた北朝鮮にとって中東アフリカ外交の拠点となる重要な国である。

 金正日の妻、高英姫(コ・ヨンヒ)の妹である高英淑(コ・ヨンスク)も1998年に一家で米国に亡命した。高英淑は、スイスの首都ベルンに留学していた金正日の子供たちに同行していた。当時ベルンにいたのは、金正恩党委員長と妹の与正(ヨジョン)、兄の正哲(ジョンチョル)の3人。高英淑一家は、ティーンエイジャーの金正恩らを残してベルンの米国大使館に駆け込んだのである。さかのぼれば、金正日の最初の妻の姉も西側に、その息子は韓国に亡命している。

 テ公使の亡命が起きるまでは、中国にある北朝鮮レストランの女性従業員ら13人の集団亡命が注目されていた。韓国が今年2月に実施した独自制裁の中で国民に北朝鮮レストランの利用自粛を呼びかけたため、外国にある北朝鮮レストランの経営は苦しくなっていた。その意味で「制裁の成果」であることは確実だが、これも、体制の安定性と結びつけて考えるのは難しかろう。そもそも韓国人客が北朝鮮レストランの経営を支えていたことが、逆説的に明らかになったという程度である。

疑問視される粛清による「体制動揺」

 粛清にしても、体制を脅かすような状況になっているかは疑問視する専門家が多い。

 朴槿恵政権の初期に統一相を務めた柳吉在(リュ・ギルジェ)氏は9月6日、訪問先のロンドンで聯合ニュースの取材に応じて率直に語っていた。もともと北朝鮮研究を専門とする学者である柳氏は、「金正日政権の初期にも恐怖政治があった。金正恩による現在の粛清は、規模の面から言えば当時より多いわけではない」と指摘した。さらに「エリート層の動揺はあるが、このような動きを金正恩体制への不安や変化を予告する兆候だと解釈できるかは、もう少し見守る必要がある」と述べた。現政権にいた人物だけに慎重な言い方ではあるものの、体制動揺説への疑問だと言ってよいだろう。

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