2024年4月20日(土)

東大教授 浜野保樹のメディア対談録

2010年2月23日

司会 その点では、原さんが映画配給の仕事で信条となさっていたという「with loving care」の考えに相通じるところがありますね。

With loving care….

 ヘラルド(原氏がいた配給会社)の先輩に、当時日系二世のアメリカ人がいましてね。彼がある時メロンの話をしたんです。

 「メロンは日本の原産じゃない。でも日本人がつくるとこんなになる」って、「マスクメロン」のことですがね。こういうのを「with loving care」っていうんだと、その二世の先輩が教えてくれた。

 それで、ああそうか、と思いましてね。僕らの仕事は、外国の映画を配給することでしたから、ひとさまがこしらえたものを、日本の観客に伝える仕事でしょ。

 作り手の気持ちになって、その気持ちを伝えようと一生懸命やったら、必ず思いは届くんだ、と。それがwith loving careってことだなと思って、一時期モットーにしていたことがありました。

司会 それは、今に通じる話ですかね。

原正人さん

 さあどうですか。丁寧に、丁寧に、やるという風潮はなかなか、ね。なくなったと思いますね。プロフェッショナルとしての誇りだとか、そういったものもね。昔の人はうまいこと言いましたよ。「手塩にかける」とね。

司会 With loving careというのは、「手塩にかける」ですね、日本語にすると。なるほど。

 今はそういうのを野暮ったいと思っている人もいるんじゃないですかね。今の日本映画の状況を見ていると、どうもなかなか。黒澤さんたちにあったような、手塩にかけて、丹精込めて、というような心持はあまり、ね。

司会 そうですか。昔の映画と比べていまの日本映画には力がないですか。

 難しい。僕らは戦後イタリア映画を見て度肝を抜かれたり、溝口 (1)作品で衝撃を受けたり、大げさじゃなく、大人になっていくうえで切っても切れない関係にあったのが映画でしたからね。映画という表現形式に、無限の可能性を信じていた時代ですよ、僕らが育った時代は。

 でも今の時代はというとパソコンの画面や、携帯電話の画面にすら映像が氾濫する。そんな時代でしょう。また映画の力が増してきたとしても、昔のような姿には戻れないんでしょうなあ。

 映画という形式自体、拡散してしまっているような…。(次回につづく)

溝口健二(1)(1898~1956年)
1923年初監督作品を日活で撮って以来旺盛な映画制作を続けた日本映画界を代表する監督の1人。ことに戦後は独立回復の年1952年『西鶴一代女』(田中絹代主演)をヴェネツィア国際映画祭へ出品、好評を博し、53年には代表作となる『雨月物語』(京マチ子主演)、翌54年は『山椒大夫』(田中絹代主演)が同映画祭でいずれも高位入賞し名声を確立した。

原正人(はら・まさと)
映画プロデューサー。
1931年埼玉県熊谷市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科中退。独立プロなどを経て、58年ヘラルド映画入社(61年日本ヘラルド映画に社名変更)。 81年ヘラルド・エースを設立、映画製作に乗り出すと共に、ミニシアターブームの基礎を作る。95年角川書店と提携し、96年エース・ピクチャーズに社名 変更。98年住友商事子会社のアスミックと合併、アスミック・エース エンタテインメントと社名変更、同社長就任。会長、相談役を経て、現在特別顧問。主な 受賞暦に日本アカデミー企画賞、日本映画テレビプロデューサー協会賞、藤本賞、淀川長治賞、日本映画ペンクラブ賞、フランスの芸術文化勲章オフィシェ等。

〈原正人氏 主なプロデュース作品〉


1983年 『戦場のメリークリスマス』 (大島渚)エグゼクティブ・プロデューサー
1987年 『瀬戸内少年野球団』 (篠田正浩)プロデューサー

1985年 『乱』 (黒澤明)プロデューサー
1985年 『銀河鉄道の夜』 (杉井ギザブロー)プロデューサー
1989年 『舞姫』 (篠田正浩)プロデューサー
1995年 『写楽』 (篠田正浩)プロデューサー
1996年 『月とキャベツ』 (篠原哲雄)エグゼクティブ・プロデューサー
1997年 『失楽園』 (森田芳光)プロデューサー
1998年 『リング』 (中田秀夫)エグゼクティブ・プロデューサー
1998年 『らせん』 (飯田譲治)エグゼクティブ・プロデューサー
1998年 『不夜城』 (李志毅 リー・チーガイ)プロデューサー
1999年 『金融腐食列島 呪縛』 (原田眞人)プロデューサー
2000年 『雨あがる』 (小泉尭史)プロデューサー
2002年 『突入せよ!「あさま山荘」事件』 (原田眞人)プロデューサー
2003年 『スパイ・ゾルゲ』 (篠田正浩)エグゼクティブ・スーパバイザー

2008年 『明日への遺言』(小泉尭史)プロデューサー
2010年 『武士の家計簿』(森田芳光)エグゼクティブ・プロデューサー(12月公開予定・現在制作中)

浜野保樹(はまの・やすき)
東京大学大学院新領域創成科学研究科教授。
1951年生まれ。工学博士。コンテンツ産業や制作に関する研究開発に従事する。主な著書に『偽りの民主主義』(角川書店)『模倣される日本』(祥伝社)『表現のビジネス』(東京大学出版会)などがある。現在、『大系 黒澤明』(講談社)全4巻シリーズが刊行中。(財)黒澤明文化振興財団理事、(財)徳間記念アニメーション文化財団評議員、文化庁メディア芸術祭運営委員ほか。


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