2024年4月17日(水)

東大教授 浜野保樹のメディア対談録

2010年3月1日

「手を抜くなよ」って、今でも耳に残ってますよ。

 ともかく自分の中にある到達しなくちゃいけないイメージがあって、そこへ向かって手を抜かずに突き進まないではいられないんですよ。あんな人、もういない。暇さえあれば絵を描いて、ああでもない、こうでもない。始終何か描いてた。表現せずにはいられない人だったんだなあ。

 だけどこんなこと言うと、黒澤さんて人はカネばかりかかる浪費家だぐらいに思ってしまう人がいると思うんだ。黒澤さんが本当に偉いのは、確かに巨額を使って損を出す映画をやったけど、その前に、出資者にさんざん儲けさせてるんです。きちんと出資者に報いて、そのうえでやっていた。どこまでもプロフェッショナルだったんだな。

映画づくりと人間力

浜野 そういう人材、映画に来るべき人材が、アニメなんかに行ってるってことはあるでしょうね。それで思い出すのは、あるアニメーションのプロデューサーと話してたとき、彼が「ヒットの法則がわかった」と言うんです。

「E.T.」 発売元:ジェネオン・ユニバーサル・エンターテイメント 
価格:1,800円©1982&2002 Universal Studios All Rights Reserved

 「E.T.」(1982年スピルバーグ監督)見てよ、と。宇宙人が地球で迷子になり、帰って行きましたって、筋だけ見ればそれだけの映画じゃないか、と。

 「でもあれ、手を抜かずにつくっている。どんなにつまらないものでも、もうこれ以上はできないっていうくらい、全シーンをつきつめてつくったら、絶対に売れるんだ。それがわかった」、と言うんだけど、これ、黒澤映画の本質でもあると思いましたね。

原 ほんと、ほんと。で、それを今度は営業や宣伝が、同じようにやっているかってことです。野暮だと思われたくない、傷つけたくない、で、相手にぶつかっていかないわけ。 

 そこを突破する力があるか。そして突破したあと、「あいつなら突破されても仕方ないや」と思わせるだけの力があるか。

浜野
 黒澤さんと食事なんか行っても大変だったそうですよ。ちょっとまずかったりしたら途端にものすごい剣幕になって怒る。周りはこの人誰かってすぐ見破ってるんだし、普通は嫌われたくないからそんなことしませんよね。でも黒澤さんはお構いなし。

原 
昔ルキノ・ヴィスコンティ監督の『イノセント』って映画(1976年イタリア作品)があったけど、描いていたのは愛の純粋、愛の無垢、そしてそれは愛ゆえの無謀という…そこから「イノセント」って題名になってるわけだけど、黒澤さんはイノセントなんだよ。

 そして「怒ることのできる能力」ってのもあるよね。いまは怒る力自体、人間関係が希薄化してるからなくなっちゃった。映画を面白くするには、って時、映画力の前の人間力まで戻ったほうがいいのかなって思いますね。

原正人(はら・まさと)
映画プロデューサー。
1931年埼玉県熊谷市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科中退。独立プロなどを経て、58年ヘラルド映画入社(61年日本ヘラルド映画に社名変更)。 81年ヘラルド・エースを設立、映画製作に乗り出すと共に、ミニシアターブームの基礎を作る。95年角川書店と提携し、96年エース・ピクチャーズに社名 変更。98年住友商事子会社のアスミックと合併、アスミック・エース エンタテインメントと社名変更、同社長就任。会長、相談役を経て、現在特別顧問。主な 受賞暦に日本アカデミー企画賞、日本映画テレビプロデューサー協会賞、藤本賞、淀川長治賞、日本映画ペンクラブ賞、フランスの芸術文化勲章オフィシェ等。

〈原正人氏 主なプロデュース作品〉


1983年 『戦場のメリークリスマス』 (大島渚)エグゼクティブ・プロデューサー
1987年 『瀬戸内少年野球団』 (篠田正浩)プロデューサー

1985年 『乱』 (黒澤明)プロデューサー
1985年 『銀河鉄道の夜』 (杉井ギザブロー)プロデューサー
1989年 『舞姫』 (篠田正浩)プロデューサー
1995年 『写楽』 (篠田正浩)プロデューサー
1996年 『月とキャベツ』 (篠原哲雄)エグゼクティブ・プロデューサー
1997年 『失楽園』 (森田芳光)プロデューサー
1998年 『リング』 (中田秀夫)エグゼクティブ・プロデューサー
1998年 『らせん』 (飯田譲治)エグゼクティブ・プロデューサー
1998年 『不夜城』 (李志毅 リー・チーガイ)プロデューサー
1999年 『金融腐食列島 呪縛』 (原田眞人)プロデューサー
2000年 『雨あがる』 (小泉尭史)プロデューサー
2002年 『突入せよ!「あさま山荘」事件』 (原田眞人)プロデューサー
2003年 『スパイ・ゾルゲ』 (篠田正浩)エグゼクティブ・スーパバイザー

2008年 『明日への遺言』(小泉尭史)プロデューサー
2010年 『武士の家計簿』(森田芳光)エグゼクティブ・プロデューサー(12月公開予定・現在制作中)

浜野保樹(はまの・やすき)
東京大学大学院新領域創成科学研究科教授。
1951年生まれ。工学博士。コンテンツ産業や制作に関する研究開発に従事する。主な著書に『偽りの民主主義』(角川書店)『模倣される日本』(祥伝社)『表現のビジネス』(東京大学出版会)などがある。現在、『大系 黒澤明』(講談社)全4巻シリーズが刊行中。(財)黒澤明文化振興財団理事、(財)徳間記念アニメーション文化財団評議員、文化庁メディア芸術祭運営委員ほか。


 


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