ACADEMIC ANIMAL 知的探求者たち

2010年2月22日

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小さな頃から集めていた辞書は、なんと100冊にも及ぶ。
本の研究ができると知って、大学では図書館情報学を研究。
最近は、翻訳サイト「みんなの翻訳」によって、英語と日本語の橋渡しを行う。
索引研究や図書館情報学、翻訳など、本と言葉をめぐって研究を続ける影浦氏の願いは、
言葉の匂いや味わいを伝えていくこと。

※前篇から読む方はこちら

●既存の学問分野に収まらないところで言葉の面白みを感じている、と。

研究室でインタビューに答える影浦氏。

――言葉やその音が目や耳に残ることがあるでしょう。たとえば、「高井ジロル」だってキテますよね。とても印象に残りやすい。

 たとえば、ぼくの好きなフーコーの本の一文を読んだとすると、その一文が漂って宙に残る気がする。普通、言葉は意味を表していると思われていますが、言葉はそのものとして実体があって、それがいろんな歯触りとか舌触りとか耳障りとかにおいとかでうごめいているわけです。全部ではないですが、はまるものっていうのは、このへんにゆらめきながら残ったりするわけですね。

 それとは逆に、僕はテレビや新聞を見たり読んだりするのは苦手ですね。あまりに情報が多すぎて言葉があふれてしまうんです。

 あえていうと、子どもに「青」という言葉が青く見えているのと近い世界かな。たぶん、誰でも5歳ぐらいまでは見えているのに、大人になると見えなくなってしまうもの。

●「となりのトトロ」の世界みたい。それが先生の言う「言葉のあわだち」でしょうか。

――「あわだち」は、あえて言えば「質感」。言葉が意味を介さずに存在感を持つことがあります。たとえば、「悪」や「死」って、意味を考える前に、一瞥しただけでギョッとするでしょ。そういうふうに言葉が感覚的に響いてくることです。そういうものを感じる力は、現代人は弱まってきていると思うんですけどね。僕も含めて。

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