サイバー空間の権力論

2016年9月30日

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塚越健司 (つかごし・けんじ)

拓殖大学非常勤講師

1984年生。専攻は情報社会学、社会哲学。著書に『ハクティビズムとは何か』(ソフトバンク新書)、共編著に『「統治」を創造する』(春秋社)、など。TBSラジオ『荒川強啓デイ・キャッチ!』火曜ニュースクリップ担当としてレギュラー出演中(http://www.tbsradio.jp/dc/)。

 しかし、現実空間とリンクした「自分にとって」重要なポケモンのいる空間が、公共空間が持つ意味よりも重要だと感じる人が現れはじめているのも事実だ。不法侵入は極端な例かもしれないが、公園のような公共空間に現れたレアポケモンをゲットするために大挙する人々のために、静かな公園が騒々しくなったと嘆く人々もいる。この場合、すぐに住民の苦情を受けてポケモンの出現を抑制することは望ましいことだろうか。こうした状況に対する判断は一概には下せず、ケースバイケースで対処するしかない。こうした事例は前述の鈴木も指摘するように、AR技術によって誕生した公共空間とポケモンのいる情報空間の並列的な関係を前提として、どちらを優先するかが問われることを意味している。

墓場に現れる故人

 AR技術によって現れる新たな情報空間は、問題ばかりを生じさせるわけでもなく、ARを用いた興味深い事例もある。墓石などを扱う石材企業の良心石材は、8月から「スポットメッセージ」というスマホ向けのアプリサービスを開始した(iOS版は9月下旬リリース予定)。このサービスは、まずユーザーが位置情報サービスを利用して画像や動画メッセージを特定の場所に登録する。すると、このアプリをインストールしたユーザーがその場所に出向きスマホをかざすと、登録したユーザーからのメッセージがみられるというものだ。

 このアプリの使用法は様々だ。例えば生前に撮影した動画を死後に自分の墓石の前に登録する。すると、個人を偲んで墓に集まった人たちがスマホをかざして生前の姿をみることができたり、メッセージを受け取ることができる。あるいは恋人との思い出の場所にメッセージを登録し、記念日にそこを訪れて愛を確認し合う、といった利用方法もある。

 このサービスに象徴されるのは、「空間の個人化」と言えるだろう。墓場のような場所であればわかりやすいが、何の変哲もない道などにメッセージを登録し、スマホをかざしながら泣いたり笑ったりする人が現れる時、その空間は個々人によってまったく意味の異なる空間となる。特定の場所や建物といった空間には、人々が前提としている共通意識がある。例えば原爆ドームは壊れかけた建物ではなく、そこに戦争と原爆の悲劇を我々は意識している。そうした共通意識を前提に、個人の思い出が付加されることで、その空間に対する意識が成立する。するとAR技術とは、公共空間に共有されている意識よりも、個人的な思いを強調・拡張して現実空間に表すことができる技術であることがわかる。それは他者と共有することのない、個人的な思い出が強調された「個人的な空間」である。ポケモンGOであれば多くのユーザー間で場所を共有できるが、いずれはより個人的な思い出にフィットしたAR技術が登場するだろう。

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