サイバー空間の権力論

2016年9月30日

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塚越健司 (つかごし・けんじ)

拓殖大学非常勤講師

1984年生。専攻は情報社会学、社会哲学。著書に『ハクティビズムとは何か』(ソフトバンク新書)、共編著に『「統治」を創造する』(春秋社)、など。TBSラジオ『荒川強啓デイ・キャッチ!』火曜ニュースクリップ担当としてレギュラー出演中(http://www.tbsradio.jp/dc/)。

ポケモンGOを利用して逮捕されたロシアの活動家

 情報空間を現実空間に表すことができるAR技術。しかし、問題は前述のとおり個人的な思い出に覆われた空間と公共空間との間のトラブルである。その一方で、海外ではポケモンGOが原因で政治問題が生じている。

 ロシアでブロガーとして活動するルスラン・ソコロフスキー氏は、ロシアのエカテリンブルグにある諸聖人教会内でポケモンGOをプレイした動画を8月にYouTubeにアップした。動画は100万回以上再生されるなど人気を博すが、ロシア警察が彼の身元調査を開始。9月には起訴され2ヶ月間の勾留処分を受けたが、現在は自宅軟禁状態にある(この事件に関して、国際的人権団体「アムネスティ・インターナショナル」が彼の解放を主張している)。

 ロシア正教会との関係が深いロシアでは、政治と宗教の問題からしばしば活動家と教会が敵対することも多い。警察による罪状は宗教的感情を害したというもので、教会内のプレイが宗教者の憎悪を煽ったというものだ。彼には最大5年の懲役可能性があり、ポケモンGOが原因による逮捕としては極めて重い(ちなみに、世界中からソコロフスキー氏を擁護する声がSNSを通して拡散されている)。

 ロシアでは2012年にパンクバンド「プッシー・ライオット」が抗議の意味を込めて教会内でプーチン大統領を批判する歌を歌った。これがフーリガン行為に問われて逮捕されメンバー数名が2年の有罪判決を受けたが、今回の逮捕もそれに類するものとされている。いずれにせよ、ポケモンGOやAR技術そのものが、政治的・宗教的な空間に対する批判ツールとして利用可能であることが証明された(ソコロフスキー氏はロシア正教会に反対の立場を取っており、動画では自分の逮捕を予感しているとも述べている)。

「空間の個人化」
好きなものだけを見られる世界

 ポケモンGOに端を発するAR技術の世界的普及は、今後も様々な問題を生じさせるであろう。本稿では、ARを用いた空間の個人化とARの政治的利用について述べてきた。どちらも興味深い問題だが、筆者は前者の「空間の個人化」がさらに複雑な問題を提起することを予感する。

 やや誇張して言えば、ポケモンGOユーザーにとってはその場所にポケモンが「生きて」おり、それはポケモンGOユーザー以外には見ることができない。ARは現実空間に情報を付加するものであるからこそ、個人の思い出や個人のみたいものを現実に召喚することが可能となる。それは、個人のみたいものが見られる魔法のような装置だ。他者と空間を共有することなく、個人個人に最適化された空間を構成する技術は、VR技術の方面からも発展している。次回はVR技術の方面からも「空間の個人化」について考察したい。

  
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