「子縁」でつながる秋津地域のお父さん 

2016年9月30日

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岸 裕司 (きし・ゆうじ)

秋津コミュニティ顧問

1952年東京生まれ。広告・デザイン会社の(株)パンゲア代表取締役、習志野市立秋津小学校PTA会長時に秋津コミュニティ創設、会長を経て現在顧問兼秋津小学校コミュニティルーム運営委員会顧問。文部科学省委嘱コミュニティ・スクール推進員、学校と地域の融合教育研究会副会長、埼玉大学・日本大学非常勤講師、ほか。著書に『「地域暮らし」宣言』『学校を基地にお父さんのまちづくり』(ともに太郎次郎社エディタス)、『学校開放でまち育て』(学芸出版社)など。

 「お父さん、あの人、なんかヘンだよ」

 いま3歳児の母になった私の娘が5、6歳のころ、秋津のまちにできたばかりの障がい児者(この言葉、いやだなぁ)の通所施設に通うために、まちなかをいくかたの様子を見ていいました。

 娘に私はキチンと話すと同時に思いました。

 「ああ、普段から接していないままに育つと、こういうモノいいになるんだな」と。

 だからこそ、同じまちにいて当たりまえの、そんな秋津にしたい! と思いつづけてきました。

 9月は8月のリオ・オリンピックに引き続き、リオ・パラリンピックのテレビ観戦で熱狂しました。

 さまざまなハンディを負いながらも自らの意志でハンディを前向きに抱え込みベストをつくすアスリートたちの姿、その苦難の人生のエピソードなどにも感動しながらね。

 そんなことから、今回はノーマラーゼイションのまち育てと学校づくりの秋津の話をしますね。

いいじゃない! 福祉施設のあるまち

 秋津のまちは東京湾の埋め立て地にできたために公的な余裕敷地が多く、長いこと手つかずで原っぱのままのところもありました。

 習志野市の社会福祉協議会の本部や障がい児者の施設などがある総合福祉センター横の敷地も、長いこと原っぱのままでした。

 そこに「新・総合福祉ゾーン構想」が具体化し、特別養護老人ホームやデイケアサービスセンターがつぎつぎにできました。

 ハード面ではまさに、まち全体がノーマライゼイション環境の様相になってきました。

 秋津にこのような市の施設ができたことを、私はうれしく思います。

 だって、障がいをもったかたもお年よりも、市全域からやってきて、日常的に「いてくれる」からです。

 ハンディをもった人たちがいることが、健全なまちの姿と思うからです。

 そんな環境で子どもたちが日常的に育つことが大切だと思います。

秋津まつりでの地域の方による子供向け遊びの出店のひとつ

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