したたか者の流儀

2016年10月1日

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パスカル・ヤン (Pascal Yan)

著述家

著述家。ルーヴァン・カトリック大学大学院中退(ベルギー)。証券マンとして25年間、欧州を中心に海外で過ごす。現在の職業は都内大学教授。

 

 築地はその昔、今ほど観光人気になっていなかったころは、寄りつき難かった反面、一旦仕組みがわかればきわめて居心地の良い空間であった。昨今京都の錦では、日本人も海外からの旅行客も何でも買ってゆくので、業者が本来の商売をしないのではないかと心配になる。揚げもの一つで500円でも、驚かない客が列をなして怒濤のようにやってくれば、手を抜くのが人情だろう。プロの業者が仕入れにも来ない、町の人も買い物に来ないとすれば、やがて移り気な観光客も潮が引くように消えるのかも知れない。

 築地に関して言えば、1980年代から帝国ホテルあたりでは、外人向けに推薦してくれた。時差ぼけで早起きしてしまう訪日客に、魚の競りを見せるという話である。コンシェルジュに情報をもらい外国からの客と一緒に場内に入り込み、台車にひかれないようにしながらお邪魔したのも昨日のような気がする。帰りに、市場食堂街で朝食を食べて数百円の値段に驚き、おいしさに驚いてホテルに帰った。東京のディープな世界を見たことで、欧州からの訪問者はご機嫌で日本株も大量に買い付けていたと記憶している。

 その後、いつの間にか外人向け偽ディープがはびこり、一流ホテルと変わらない値段の食事と特においしくもない感動もない世界も出来てしまったなと思った矢先に今回の豊洲問題だ。どのように収束させるのか見物だ。そして移転がなったあと築地はどうなるのか、そして豊洲の観光地としての魅力はどうかなど気を揉んでしまう。

美しい町パリのウィークポイント

 食の国フランスのパリでも全く同様なことがあった。フランスは町には必ずといっていいくらいにレ・アルがある。屋根だけの場所で、庶民も食品を買うことが出来る。日本と違い魚だけではなく、食品全般でチーズなどの乳製品や肉、野菜、何でもあると考えて良い。例外なく楽しい場所であり、立ち飲みどころもあったりして旬の肴で一杯となる。昔からの約束で昼過ぎにはすべて店じまいのようだ。

 そのパリ一番のレ・アルは、1969年に交通渋滞でどうにもならなくなりパリの南7キロ程度のところに移転した。跡地は、すっぽり穴が開いているようで、再開発の失敗例となった。日本の地下鉄で言えば銀座駅のような状態で、いくつかの駅が一つの地下駅をなしている。中ではオーケストラともおぼしき楽団が演奏したりして、独特の風情を出している。レ・アルの周りには、食通をうならせるビストロがいくつもあり、パリの中心ながら生活感のある商店街がそのまま残っている。極めて残念なのは、レ・アルが消えた跡地が有効活用されておらず、奇妙な空間となっている。美しいパリの町のウイークポイントかも知れない。

 探ればパリにもレ・アルの再開発を巡る築地・豊洲問題はある。もう一つの罪は、世界一楽しかったパリのレ・アル周辺も消えたことだ。築地の将来も心配になる。

  
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