2024年4月20日(土)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2016年10月4日

 トルコの侵攻の目的はイスラム国の駆逐ではなく、ユーフラテス川の西の国境沿いの一帯がクルドの支配下に墜ちることを阻止することにありました。8月24日、バイデン副大統領とともにアンカラで記者会見したユルドゥルム首相はユーフラテス川の西の地域におけるYPGの存在は容認出来ないこと、国境沿いのクルドの組織の形成はトルコにとって深刻な脅威であり容認出来ないことを強調しています。トルコにとっての最大の脅威はクルドであってイスラム国ではないとの立場は揺るぎません。それどころか、クルド封じ込めのためにはアサド政権打倒という目標を犠牲にしてでも、またロシアと語らってでも、それを目指す気配すら感じられます。

 ユルドゥルム首相は、「米国は一つのテロ組織を打倒するために別のテロ組織を使っているようだが、PKKと繋がるその別のテロ組織を最終的にはどうする積りか」などとも述べています。しかし、イグネイシャスが言うように、クルドは米軍の対イスラム国戦略においてかけがえのない唯一頼りになる戦闘部隊です。米軍はかつて5億ドルでスンニ主体の戦力を育成しようとして失敗してこれを諦め、即戦力であるクルドを主体とする戦力編成という現実的な選択に転換したようであり、イグネイシャスはそのこと自体は評価しているようです。

 バイデンは、上記の記者会見で国境沿いにクルドの回廊が出来ることに関するトルコの懸念について問われて、「回廊は不可、トルコ国境の別個の組織は不可、統一シリアあるのみ」と断定的に述べ、YPGにはユーフラテス川を超えて撤退すべきことを明確にしており、この約束を守らないなら如何なる状況にあっても米国の支持は得られない、と述べました。まさか、トルコとの関係修復のためトルコの歓心を買いたいとの一心からではないでしょうが、これではクルドを裏切って捨てたとの印象があります。或いは、トルコとロシアの軍事衝突を招き、NATOが巻き込まれるに至る事態を心配しているのかも知れません。いずれにせよ、現場の軍はクルドを容易には手放せないでしょう。かといって、トルコの機嫌を損ねるわけにはいきません。イグネイシャスの言うように「危険な断層の上の戦略」が続くことになるでしょう。

 米国が何をすべきかについては、記者会見で副大統領がPKKはテロ組織だというトルコの主張に同調するような発言をした米国がPKKとの和平を仲介する立場にあるようには思えません。副大統領が「別個の組織は不可」と言ってのけた米国が連邦制を持ちだす立場にあるのかは疑問です。

  
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