この熱き人々

2016年10月20日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

 「どうしても自分の人生の中に入り込んできますよね。父は私を三島由紀夫展とかに連れて行くし。どういう作品を書いているのか気になって読んでみるじゃないですか。最初は飾りの多い文章があまり好きになれなかったけど、10代の終わり頃になると、自分が美しいと思うことを描きたい美意識の高い人なんだと感じるようになって、そこに興味を持つようになりました。よくよく考えると、自分のやりたいことに繋(つな)がっているんですよね」

 自分が美しいと思うものは何なのか、いつも自分に問いかけ続けてきた。それがやがて、肉眼ではなくカメラを通して美しさをどう撮るかという表現者の問いになっていく。

人間をもっと知りたい

明日命があるかどうかわからないと思ったとき、映画を撮って生きていこうと決めたんです

 高校時代から脚本を書いていた三島が、初めて映画を撮ったのは大学在学時。あらゆるバイトをしてお金を稼ぎ、インディーズ映画『夢を見ようよ』で脚本監督デビュー。まさに真一文字に劇映画の監督へと突き進んでいたはずの三島は、卒業後なぜかNHKに入局してドキュメンタリーを撮っている。

 「大学の授業の一環で児童相談所に実習に行って、インドネシアの養護施設の先生をしていたとても魅力的な人と出会ったんですね。その人を追いかけたくなって卒論のテーマにして、ドキュメンタリーにできないかなと思ったんだけど、資金がないので、企画書を書いてNHK大阪放送局に持ち込んだんです。自分は突撃するタイプのようで」

 そこで面白いから採用試験を受けてみたらと勧められ、就職という手があったかと気づいた。制作費ばかりか給料まで出してもらえる。採用が決まればドラマ制作を希望することもできたはずだが、三島はドキュメンタリーの道を望んでいる。なぜ? とまた思う。

 「映画は監督の小宇宙を伝えるんだなんて思っていたけど、ドキュメンタリーの研修で人を追いかけてみると、20年ちょっとしか生きていない自分の小宇宙なんてちっぽけでつまらなくて浅いもので、自分は安直だったって思い知らされた。本物を知りたい。人間をもっと知りたいと思いました」

 取材という形でリアルに近づき、自分とぶつかり、その度に自分の小さな宇宙がはじけて広がっていく。企画が通れば監督としての作品が残り、「NHKスペシャル」や「トップランナー」でドキュメンタリーと取り組んだNHKでの11年間はとても面白かったと振り返る。が33歳の時に、三島はNHKを退局している。そのきっかけは阪神淡路大震災だったという。もし明日、命を失うことになったら、自分はドキュメンタリーを撮っていたいのか、それとも劇映画を撮っていたいのか。自らに問いかけ、心は劇映画を撮っていたいと明確な答えを出した。

 「じゃ、何で今自分は映画の世界にいないのか。そう思ったので、200万円ちょっとの貯金で食いつないで、タダ働きでもいいから助監督をやらせてもらいながら映画を一から勉強しようと、NHKを辞めました」

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