この熱き人々

2016年10月20日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

生きていく縮図を描く

 蓄えはみるみる底を突き生活は苦しくなったが、用語からスタッフワークまですべてが勉強で、吸収している時間は楽しかった。が、電気を止められても額に懐中電灯を括(くく)り付けて凌(しの)げるけれど、やがてしだいに違う苦しさが三島を悩ませるようになっていった。

 「参加できる楽しさを超えて、自分が作りたいという気持ちが膨らんでいくんです。喫茶店で脚本を書き、企画書を書きまくっていたけれど、こういう話を作りたい、こういう絵を撮りたい、こういう芝居を求めたいという気持ちが抑えても噴き出してきて、吐きそうになるんですよ。これをどうしたらいいものか。とりあえずボクシングジムでサンドバッグにぶつけてました」

 膨張してまさに噴火しそうな真っ赤に燃えたぎるマグマがはっきり見えるような……創作のエネルギーの激しさに思わずたじろぐ。

 そして、ついに2009年、『刺青(いれずみ) 匂ひ月のごとく』で監督デビュー。次いで12年に公開された『しあわせのパン』の舞台は、夫婦が密やかに営む北海道のパンカフェ。春夏秋冬、さまざまな悩みや孤独や寂しさを抱える人がやってきて、夫婦や常連客との関わりの中で物語が展開していくファンタジー作品である。三島とファンタジーという取り合わせはやや意外な気がするが、リアルとはアプローチが違うけれど伝えたいことを象徴的、抽象的に描ける手法の一つとしてずっと温めていたのだという。

 「震災の時の避難所で、スペースも食べ物も分け合って大きな不幸の時を生きている姿を見て、これは人が生きていく縮図だと感じたんです。人が人と生きていくのは、こうやってシェアしていくこと。リアリズムではなく視覚的に訴えられるものは何かと考えた時、パンを分けるということでした」

 パンを分けるサクッという音は、抱えているものを分け合う音。どこまでも続く緑の自然と赤い屋根の穏やかな風景の内に過酷な開拓の歴史を包み込んでいる北海道は、店主夫婦の姿にも重なって、それでもなお生きていけるのだという感触を伝える。

 14年公開の『ぶどうのなみだ』も、北海道が舞台の、挫折して故郷に戻ったワイン醸造家の物語。厳しい冬を生き抜いたぶどうの木が、地中の根から雪解け水を吸い上げて春に枝先からあふれさせる透明の樹液の映像に、見えない部分から湧き出す生命のたくましさと美しさが凝縮されている。

 「ワインの醸造過程でブクブクと発酵するぶどうの液を見て、摘み取られて一度死んだぶどうが違う形で見事に生き返ることに感動したんです。どんなことがあってもこんな風に再生できるんだと」

 助監督時代から撮りたいと願い続けてきた『繕い裁つ人』もまた、祖母のパターンを忠実に守ってきた主人公が、その見えない縛りを乗り越えて未来への一歩を踏み出していく。

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