学びなおしのリスク論

2016年10月14日

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漆原次郎 (うるしはら・じろう)

1975年生まれ。神奈川県出身。出版社で8年にわたり理工書の編集をしたあと、フリーランス記者に。科学誌や経済誌などに、科学技術関連の記事を寄稿。早稲田大学大学院科学技術ジャーナリスト養成プログラム修了。日本科学技術ジャーナリスト会議理事。著書に『原発と次世代エネルギーの未来がわかる本』『日産驚異の会議』『宇宙飛行士になるには』など。

 日本でワクチン接種を再び義務化しようとすれば、拒否や反対を示す人も現れるのではないか。予防接種にかぎったことではないが、行政に対する市民の信頼感があまりないからだ。

 堀氏は、ワクチン接種を受けさせる立場の側に目をやり、「コミュニケーションが足りない。人びとから信頼されるコミュニケーションがなければならない」と指摘する。

 「公衆衛生の制度の整った国では、病気にならないよう皆で予防をがんばるというのが原則的な考え方。だが、日本には、人びとにそれをやろうとする気にさせるような情報がありません。お母さんたちの言葉を借りると、『子どもたちを守るために予防接種は大事だ、ワクチンを接種しようと訴えかけるような行政の情報がない。どのホームページもイケてない』のです」

 海外では、たとえばカナダ政府が「予防接種のベネフィット(Benefits of Immunization)」というサイトで、ワクチン接種により各種感染症がどれだけ押さえ込めているかを視覚化した図を掲げている。「予防接種でどれだけの命が守られているかという、副反応のリスクに対するカウンターの情報があれば、人々はメリットやリスクを具体的に考えることができます」(堀氏)。

 医療従事者が市民とコミュニケーションをとることの必要性も堀氏は言う。「私たち専門家は、生活や人生に感染症がどう影響をあたえるかということをストーリー性をもって伝えるようなことをまだできていない」。

 米国では、医学博士などが科学諮問委員として名を連ねた「ワクチンの声(Voice for Vaccines)」という団体がある。予防接種の必要性を訴える親たちが運営するプロジェクトであり、ウェブサイトでは医師や親たちが顔写真つきで、感染症の悲惨さやワクチン接種の大切さを、個人の体験を踏まえた“物語”として伝えている。

 「どうすれば感染症の恐ろしさを人びとに忘れないようにしてもらえるか。それに向けて努力していかなければならない。ワクチン接種が大切なものであると市民との間でコンセンサスを得ていくことが必要です」と堀氏は言う。

 社会にあるリスクの情報を行政、専門家、そして市民などが共有しあうことを「リスクコミュニケーション」という。その手法にはまだまだ工夫を考える余地がある。

◎今回のまとめ◎
・麻疹の感染を予防するための唯一の方法はワクチンの接種。接種率を高めることが感染拡大を防ぐ。
・予防接種の利点の大きさから考えると小さいといえる副反応の危険性ばかりをマスメディアがとりあげがち。人びとのメリットとデメリットの比較をむずかしくさせる。
・ワクチン接種率をさらに高めるため、行政や専門家は市民に信頼してもらえるようなコミュニケーションのとり方を工夫すべき。

  
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