コラムの時代の愛−辺境の声−

2016年10月21日

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藤原章生 (ふじわら・あきお)

毎日新聞記者

1961年、福島県生まれ。北海道大学工学部卒業後、住友金属鉱山に入社。89年に毎日新聞社に入り、ジャーナリズムの道へ。92年に外信部に所属し、 93年にメキシコ留学。帰国後の95年から南アフリカ・ヨハネスブルグでアフリカ特派員、2002年からは、メキシコ市支局長、ラテンアメリカ特派員。08年〜12年までローマ支局長。5 年半に渡るアフリカ特派員時代の取材を元にした著書『絵はがきにされた少年』(集英社文庫)で05年の開高健ノンフィクション賞受賞。著書に、『世界はフラットにもの悲しくて』(テン・ブックス)、『資本主義の「終わりの始まり」―ギリシャ、イタリアで起きていること』 (新潮選書)、『ギリシャ危機の真実 ルポ「破綻」国家を行く』(毎日新聞社)『翻弄者』(集英社)、『ガルシア=マルケスに葬られた女』(集英社)。

 先日、東京・上野の居酒屋で酎ハイを飲んでいたら、「今年のノーベル文学賞にボブ・ディラン氏」とのニュースが入った。

 私は、実に狭い範囲の個人的な事情から少しホッとした。というのも、その前の週、新聞の長文記事で、作家の村上春樹が受賞する可能性は低いと書いていたからだ。それは村上作品の評価というより、審査に当たるスウェーデンアカデミーのローカル性や高齢がたたり、「まだ難しい段階」という現地の声を紹介したものだった。

 ボブ・ディランと聞いた瞬間、あ、なるほど、とは思ったが特別な感慨はなかった。外国語で私が最も聞き込んできた歌手だが、その彼が文学賞を受賞したことに「ふーん」という反応しか出てこなかった。「やったー」などとはもちろん思わない。せいぜい、「へえ」というつぶやきで、私は何事もなかったかのように別の話題に戻っていった。

 でも、考えてみれば、そういう態度がボブ・ディラン的というのか、私も彼の歌やそこからかもし出される、ややひねくれた物の見方、態度に大なり小なり、影響を受けてきたのかも知れない、と後になって感じた。

 そもそも、ノーベル賞をはじめ何かを権威づけること、づけられることに背を向けるという姿勢(それでもしっかりもらうのだが)が、ディラン的世界の持ち味なのだ。

 案の定、ディランは授賞決定のニュースが出てからこの方、「感激です。光栄です」とも「ありがとうございます」ともコメントを出しておらず、「ふん」といった態度を貫いている。

J・M・クッツェー。『恥辱』(ハヤカワepi文庫)、『マイケル・K』(岩波文庫)でブッカー賞を受賞

 ディランについては次回のこの欄で書くとして、本題はノーベル賞作家のJ・M・クッツェー氏だ。

 もしかしたらディラン氏の受賞を彼は予測していたのではないか、ということだ。というのも、授賞決定の10日ほど前、クッツェー氏とメールでやりとりした際、今から思えばそれを匂わせるようなことを語っていたからだ。

 南アフリカ出身のクッツェー氏とは私がヨハネスブルクに滞在していた1995年から2001年にかけ何度かお目にかかっている。当時ケープタウン大学に勤めていた氏のファンだった私は、毎日新聞に月1度の割合でコラムを書いてほしいと頼みに行ったのが縁だ。彼が文学賞を取ったのは、私がアフリカを去った後のことだが、以後も決して偉ぶらず、こちらがメールを送ると、頭の良い人特有の、わずかな言葉で実に的確に応えてくれる。

 今回のやりとりはこうだった。

 ――過去のノーベル賞受賞作家に比べると、村上春樹氏の作品は「軽い」と語るスウェーデンの批評家がいます。こうした見方についてどう思われますか。

 クッツェー氏は一通りプライベートなあいさつを書いた後、こう続けた。

 「恥ずかしながら、村上春樹についての質問には答えることができません。なぜなら、彼を読んでいないからです」

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