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榛地和装本 終篇
藤田三男 著

目次 立ち読み


著者は河出書房新社に入社し、辣腕編集者・坂本一亀(ミュージシャン坂本龍一の父君)のもとで文芸書の編集者としての道を歩み始める。編集とともに「榛地和(しんち・かず)」の名で手がけた装本(ブックデザイン)は、三島由紀夫『英霊の聲』『サド侯爵夫人』『朱雀家の滅亡』、河野多恵子『男友達』、山崎正和『鴎外 闘う家長』、吉田健一『金沢』、丸谷才一『彼方へ』、江藤淳『成熟と喪失』・・・と、昭和の文学史に残る傑作が目白押しだ。
本書は12年前に刊行されて評判を呼んだ『榛地和装本』の続篇にあたる。本書でも、高橋英夫『ドイツを読む愉しみ』、小田切秀雄『中野重治』、野口武彦『江戸のヨブ』、川西政明『武田泰淳伝』、浅見淵『新編燈火頬杖』等々、装丁を手がけた本のカラー写真とともに、三島由紀夫、和田芳惠、山本健吉、浅見淵ら名だたる小説家、評論家の知られざるエピソードを綴る。とりわけ今年没後40年を迎える三島由紀夫の、自決1週間前の「暗い疲れた表情」をとらえた一文など、印象深い。

<書籍データ>
◇A5判上製、184頁 
◇定価:1890円(本体1800円+税)
◇2010年3月23日発売

<著者プロフィール>
藤田三男(ふじた・みつお)
1938年東京生まれ。早稲田大学文学部国文専修卒業。61年、河出書房新社入社。取締役編集部長を勤め、79年、退社。同年、木挽社を設立し、「新潮日本文学アルバム」「新潮古典文学アルバム」(全100巻・新潮社)、「群像 日本の作家」シリーズ(小学館)などを、そして、ゆまに書房編集部顧問として「編年体大正文学全集」「文藝時評大系」「コレクション・モダン都市文化」などの全集・文藝書の企画・編集に携わる。また「榛地和」の筆名で装本家としても知られ、三島由紀夫『英霊の聲』、吉田健一『金沢』、山崎正和『鴎外 闘う家長』(ともに河出書房新社)ほか多数の装本がある。著書に『榛地和装本』(河出書房新社)、『写真集 三島由紀夫’25~’70』(三島瑤子との共著、新潮文庫)、『活字の歴史と技術』(加藤美方、森啓との共著、樹立社)などがある。



三島由紀夫さんは仰向けにひっくり返り、ソファーの角に頭をぶつけた。それでも例の呵々大笑をしながら、起き上がりざま、いたずらっ子のようにバスローブの前を合わせた。
昭和四十三(一九六八)年晩夏、「朱雀家の滅亡」を脱稿、その出版の打ち合わせに三島邸へ伺ったときのこと、三島さん四十二歳である。
その年の四月、三島さんは自衛隊に体験入隊し、千葉県習志野の空挺部隊へ入った。パラシュート降下訓練を受けるのが目的であったらしいが、万一頭を打ちつけてはとの懸念から、基礎訓練だけを受けたようだ。それでも十メートルほどの鉄塔から飛び降りた、という。その恐怖を、いかに不様なかたちでしか出来なかったかを実演していて、自宅のソファーに頭を打ちつけたのだ。
お宅へ伺うのは、大方午後一時と決まっていた。昼近くに起きてシャワーを浴び、三時近くには外出する、その合間の時間ということが多かった。さっぱりと鬚を剃り、バスローブから御自慢の胸毛をのぞかせ、顔をしかめながらピースをくゆらせる(アメリカの映画スターのように胸毛こそ男らしい、というのが当時の流行であった)。
徳岡孝夫氏の『五衰の人―三島由紀夫私記』は出色の三島論だが、その第一章の終わりで、庭でのインタビューの終わった徳岡氏に、「用意しておいたものを食べていって下さい」と鰻重を出し、御本人は早々に家の中に引っ込んでしまった、というエピソードを書いている。客だけに食事をさせるというのは、出入りの職人に対する扱いではないか、と「不愉快な思い」をさらりと書いている。
一回りも年が違う上に、文壇の仰ぎ見る存在であった三島さんから同様の扱いをうけても、私は何とも思わなかった。バスローブで人と会うというのはいかにも不細工だが、それとて氏の親近感の現れだと、私は思っていた。社の上層部と伺うときは、さすがに三島さんにもそれなりの身仕舞いがあった。
一時の約束はぴったり一時でなければならぬ、というのが三島さん流で、電話で初めて日時を約束したとき、いつもの口癖で私が「それでは一時ころに伺います」というと、「ころは困ります、一時に」と釘をさされた。時間にルーズな私も、三島さん宅へは、十分くらいまえに門前に着くようにした。
三島さんは、御自身もきっちりと時間を守った。待ち合わせの定刻に遅れたことは、一度もない。時間厳守の作家は、概して原稿の遅れることもない。私たち編集者にとってありがたい作家で、中村真一郎さんとともに締切日厳守の人であった。
その三島さんが一度だけ遅れたところを見た。
(続きは本書でお読み下さい)
 
 
<目次>
「『板』の上で」和田芳惠
「紙片」山本健吉
「文学史の闇から」野口冨士男
「二人の先生」浅見淵、稲垣達郎
「新編燈火頬杖」浅見淵
「恋心」日夏耿之介
「随筆の底を流るるもの」岩本素白
「この人・この三冊」杉浦康平
「タイムマシンに乗って戻ってきた」広瀬正
「『欠伸をしている』ミシマさん」
三島没後三十年
三島由紀夫の“定刻”(立ち読み)
「『英霊の聲』の声」
「『幕切れ』のせりふ」
「不器用な人」追悼・坂本一亀
『東京』の人」追悼・保昌正夫
「一枚の写真から」新潮日本文学アルバム
「幻の横光全集」定本横光利一全集
「『文藝時評』に憑かれて」文藝時評大系
ほか
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