2024年4月19日(金)

Bangkok駐在便り

2016年10月29日

ヨット競技で金メダルを獲得、ジャズの巨匠ともセッション

 さらに農業だけではなく、洪水問題や人材教育といった国を発展させるために尽力した国王はその手腕だけではなく、人間性も高く評価されている。博識でありながら、趣味はジャズや絵を描くこと。サックスが得意で自ら作曲もし、かつてジャズの巨匠ベニー・グッドマンから手ほどきを受けるなど、その実力は推して知るべしだろう。ベニー・グッドマンと一緒にセッションした写真は、若かりし頃の国王の才能が偲ばれる一枚となっている。また、驚くべきは運動にもその才能を発揮され、1967年に行われた東南アジア競技大会でのヨット競技で優勝し、金メダルを獲得。一般の選手たちと一緒に合宿もしていたというから、その謙虚な姿勢も想像される。バドミントンやテニス、射撃などのスポーツも愛されていたという。

アパレルのディスプレイも喪服仕様となっている

 

 晩年まで利他を貫き、忙しく公務に携わる姿を見て、国民が尊敬の念を抱かないわけがない。70年の在位期間分、国民から愛され続けたため、その拠り所をなくしてしまった国民のショックたるや相当なものであると想像できる。日本では、政治問題を解決してくれるというイメージが一人歩きしていたが、あくまでタイにおいては、国民を思いやる真の「The People's King」だった。

後継者問題と今後の政情

 気になるのが、後継者問題及び今後の政情だろう。ご想像の通り、その点の危惧は尽きない。インターネットで「タイ、後継者問題」と検索すれば、怪しい情報までわんさかと出てくるほどだ。後継者はワチラロンコン皇太子に決まっているものの、即位時期においてすでに“すったもんだ”が起きている。軍事政権のプラユット暫定首相は葬儀後、7日から15日以内に王位を継承すると発言。しかし、数時間後にウィサヌ副首相が取り消すという異例の発表があった。同副首相は、国王の葬儀後、最大で172日後に王位を継承するとし、理由として皇太子が今も国王の死を悼む時間を希望していると伝えている。ちなみに皇太子が王位継承を見送ったことで、枢密院議長のプレム氏が暫定摂政に就くことが決まり、国王の職務を代行するという。

 即位時期が後ろ倒しになったのは、財産分与の問題もあると言われている。2016年10月、中国メディアの東方頭条網が報じた内容によると、国王の遺産は約6兆円にも上るというものだった。また、2008年にフォーブスが伝えた額も約3兆8000億円と“世界で最も裕福な王族”と報道された。タイの王室庁は、資産額について具体的な数字を公表していないが、皇太子を含めて兄妹1男3女で財産分与すれば、時間がかかるのも当然だろう(ただし次女のシリントーン王女以外は王族以外と結婚したため、王位の継承権はない)。また、利権争いとなれば、それに紐づいた第3者が介入してくることは想像に難くない。

即位延期のメリットとは? 成り立つ軍事政権の正当性

 各メディアですでに報道されている通り、皇太子はこれまでの素行から国民の支持を得ているとは言いがたく、人気からみれば3女のシリントーン王女が絶大。ボディガード数名を付けて、一般人も日常的に利用するBTS(高架鉄道)にも乗り、突然ショッピングモールに現れ、キティショップで買い物するなど、庶民と距離を置かない振る舞いと才女ぶりが国民の心を打ち、在りし日の国王の姿を重ねるのは自然なことなのかもしれない。ちなみに王女は前述したような、その素朴な人柄を表す“都市伝説”が尽きず、老若男女問わずタイ人の評価は高まるばかり。

 あくまでもこれは想像の範疇だが、皇太子の即位を遅らせることで、王族に対する国民感情が落ち着くこと、いわばクールダウンの意味合いが感じられる。あまりにも国王の存在が大きすぎたため、即位後すぐに後継者に対するアレルギーが起こらないとも限らない。現段階で国民の心を散り散りにするのはこの国にとって、政治面、治安面においてもマイナスばかり。最大172日後とされているが、国王崩御による心の傷が癒されてきた頃には、国民感情に変化が訪れることも予想され、そのときには日本と同じような立憲君主制が確立されるかもしれない。

 かねてからタイは“特殊な立憲君主制”と言われてきたが、国王の大きな影響力がときに政治にも及ぼすことがあった。最も有名なのは、1992年の300人以上の死者を出したクーデター“暗黒の5月事件”であり、悪化する状況を見かねた国王が対立する指導者たちを王宮に呼び寄せ一喝し沈静化させた一件だ。しかし、本来の立憲君主制では、国王は政治に介入しないが原則。今回、あえて国王の不在期間を置くことで、長い目でみれば国民に“気づき”を与えることができる。そういった意味で時間を置くことは、王位を引き継ぐ皇太子にとっても、現政権にとっても、そして国民にとっても悪くはない選択と言えるだろう。


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