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2016年11月11日

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キャリー・グレイシー中国編集長

トランプ次期米大統領は自国で勝利したかもしれないが、今度は大国が角突き合わせる世界で、「アメリカを再び偉大にする」という選挙スローガンと中国で盛んに唱えられている「中華民族の復興」や「チャイニーズ・ドリーム」との直接対決に臨むことになる。

トランプ氏が勝利宣言をしていたまさにその時、中国のテレビは最近打ち上げられた有人宇宙船を詳しく報道していた。習国家主席は宇宙飛行士たちと衛星回線で会話する日をわざわざ米大統領選の投開票日にした。

筆者には、ケネディ大統領が「我々は月へ行くことを選んだ」とアポロ計画を宣言した1960年代当時を習氏が再現しているような印象が避けがたかった。世界で何が起きようと中国の隆盛は止まらないという、国民に向けたメッセージだ。

習主席も内心トランプ氏勝利を喜んでいるだろう。

筆者だけでなく多くの人が指摘しているが、今回の米大統領選は中国共産党にとって「棚からぼた餅」的な展開だった。自国制度の良し悪しを公に議論できない一党独裁制の巨大国家で米国は、物質的、文化的、政治的な発展の模範だと、暗黙に認められてきた。

習氏が唱える「中国夢」(チャイニーズ・ドリーム)がアメリカン・ドリームによく似ているのは偶然ではない。隆盛期にある超大国にとって、米国は勝たなくてはならない相手だ。

近年、中国の識者はよく、アフガニスタン、イラク両戦争によって、米国が国際政治で指導的役割を果たすことへの中国の信頼感が損なわれたと指摘してきた。また2008年の金融危機も、米国に世界経済の主導役を任せることへの信頼感を低下させたという。

そして今後は、辛辣でスキャンダルまみれの選挙戦が米国の自国の統治能力にまで疑念を生んだと指摘する。

中国政府は候補や選挙戦について直接言及しないようにしてきたが、厳しく統制のかかったメディアは、選挙戦で見られた憎悪や分裂状態を思う存分報道した。米国の制度は仕組まれており、金持ちのエリートを優遇しているという、トランプ氏が何度も繰り返した主張は、これまで中国政府が言っていたことだ。

中国のメディアはまた、経験と実力に基づいて一党支配のピラミッド階層を上る自国の公僕たちについて詳しく論じることで、選挙制民主主義に登場する底の浅いデマゴーグ(扇動家)たちへの批評とした。

内戦や文化大革命の恐怖を経験した人々が今も生きている中国にとって、米大統領選の激しい対立は、これまで米国が象徴していた民主主義への憧れを弱めた。

しかし、トランプ次期大統領に対する人々の見方は好悪両方だ。

多くの中国人はトランプ氏を経営者として、また率直な物言いをする人物、アウトサイダーとして高く評価している。もし4年後、トランプ氏が「アメリカを再び偉大にする」ことに成功しているのなら、彼を生み出した政治制度も信用を幾分か取り戻すだろう。

しかし、「チャイニーズ・ドリーム」を推し進める中国指導部が、中国の人々の生活を豊かにし、火星にロケットを飛ばし、中国のアジアの盟主としての地位を固めるのに成功しているなら、2016年11月9日(注:開票結果が出た8日深夜は中国時間の9日)は、アメリカン・ドリームから中国が永遠に背を向けた日として記憶されるだろう。

一方で、中国政府は当面、実績がなく、人脈ができておらず、具体的な対中政策も見えていない米大統領とわたり合うことになる。

トランプ氏は選挙中、中国とは仲良くできると語った。しかしこうも言った。「あいつらはやってきて、我々の仕事を奪い、大儲けした。私たちは史上最大の雇用盗難に遭遇しているんだ」。

トランプ氏も時々は、中庸と言えるかもしれない態度を示した。

「中国で大きな取引をまとめてきた。中国は素晴らしい。中国には腹を立てていない。私は中国があんなことをするのを許した我々側に腹を立てているんだ。(中略)中国は素晴らしいが、あいつらは人殺ししてもおとがめなしだ」

「アメリカを再び偉大にする」という公約に触れる時、トランプ氏はよく、中国との経済関係で「勝つ」必要があると語った。

しかし、過去40年間で、中国指導部は米国の選挙公約を多少割り引いて受け止めるべきだと学んでいる。

彼らは何人もの米大統領が入れ替わり立ち代わり、選挙戦で激しく中国を非難した末、就任数カ月後には関与(エンゲージメント)政策にさりげなく戻るのを見てきた。

中国の経済成長にかげりが見えるなか、米国市場へのアクセスは依然として非常に重要で、トランプ次期政権の保護主義的な政策には中国政府は懸念を強めるだろう。

しかし、貿易交渉の担当者には、トランプ氏が関税や市場アクセス、為替レートをめぐってやりそうなことすべてについて、対応策を練る時間が何カ月もあった。また、共和党の多くのベテランのアジア専門家がトランプ政権で働かないと既に表明しているのを考慮に入れることになる。トランプ氏の経済外交戦略と戦う時が来れば、彼らの準備はできているだろう。

さらに中国は、より幅広いアジアの地政学的面で得るものがあるなら、貿易面で多少トランプ氏に譲歩するのも可能だと考えているかもしれない。

この点は、中国にとってトランプ政権の誕生がチャンスになる可能性を示している。選挙戦でトランプ氏は、アジアの同盟関係に対して民主党候補のヒラリー・クリントン前国務長官よりも距離を置く発言が目立った。

トランプ氏は、オバマ大統領が推進したアジアに軸足を置く政策の経済的な側面に強く反対していた。

軍事面に至っても、長年の同盟国である日本や韓国が駐留米軍の費用をもっと負担すべきだとトランプ氏は主張した。

アジア地域の、トランプ氏を批判する専門家たちは、米国の孤立主義や保護主義の高まりや中国との大胆な合意は、台湾や南シナ海に面する諸国を不安定な状況に置き、フィリピンやマレーシア、タイなどの国が自国にとっての戦略的な利害を天秤にかけるなかで、米国のアジアでの指導的立場を弱めることになると警告を発している。

中国の戦略地政学者たちは、米国の力を弱め、アジアの地図を書き換えるという自分たちの野心的計画に、トランプ政権が役立つのを期待するだろう。彼らの期待が本当になる可能性は十分ある。

(英語記事 US election 2016: China eyes chance to weaken US power

提供元:http://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-37946642

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