したたか者の流儀

2016年11月23日

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パスカル・ヤン (Pascal Yan)

著述家

著述家。ルーヴァン・カトリック大学大学院中退(ベルギー)。証券マンとして25年間、欧州を中心に海外で過ごす。現在の職業は都内大学教授。

 

 ハエや蚊を見てうれしいとは思わない。林間学校の裸電球にカブトムシが飛んできたのを今でも覚えている。これはうれしい。トンボも季節を感じる。品川のホテルの庭にトンボがいた。少し尻が短い。前作の「日本人が知らない投資の極意」を揶揄しているのだと気がついた。そこでパート2。

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 株式投資の本を開けばお題目のように語りかける。長期投資、分散投資、継続投資、ドル平均投資といって、その成功例を並べ立てる。失敗例はない。あたかも、森で熊に出会ったら寝たふりをしろと言うがごときだ。その方式で死んだ人は成功談を語れないので、あたかも熊遭遇時の極意となった。

 たとえば、持ち株会。長期、継続、ドル平均法の投資だ。投資のプロであるべき某大手証券会社が破綻したとき、社員の株券は紙切れとなり住宅ローンは残ったと聞いた。行動は正しいはずであったが何かが足らない。

 話は飛ぶが、いまだに経済学でその名をとどめる米国のフィッシャー教授は知性と教養はその時代の米国の最高峰で1920年代株式投資でも名をはせたが、暴落で家屋敷すべてを失ってしまったそうだ。

 少し時代が古くなるが、人類が遭遇した最初株式バブルは1700年代のはじめ英国で起きてしまった。バブルとは短期で株価が10倍にもなり、その後暴落することだが、この事件ではじめてバブルという言葉が出来たといわれている。バブルは当初から参加しても後から参加しても結局多くは損してしまう。もちろん一、二の例外はある。このバブルで大損したとして有名なのは、物理学者でリンゴのニュートンだろう。今で言うなら高級マンション一軒分くらい損したということだ。例外で利益を出したのは、音楽家のヘンデルで、大もうけをして音楽院を作ったそうだ。バブル時に勝つには、知性でも算数でもなく、リズム感が最も重要な要素だと言うことだろうか。

 残念ながら、日本にも何度かバブルが起きている。株式バブルは中央銀行と共にやってくるが、その前哨戦もあったようだ。明治初年の日本は富国強兵だ。強兵は寒い国に対して備えるという事になる。すると兵士の防寒だ。防寒はウサギの皮だということになり日本でウサギバブルが起きたようだ。一匹一円にウサギが数百円にもなりまた一円になったと聞いたことがある。何人の元武士がその後長屋で暮らすことになったのか。短絡した連想ゲームだった。

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