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2016年12月2日

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BBCトレンディング

訴え出た被害者はいない。捜査も行われていない。物的証拠は? それも存在しない。

それでも何千、何万という人たちが、米ワシントンのピザ店を根城にする小児性愛者の集団があり、そこには民主党最高幹部たちが関わっていると確信しているのだ。

ツイッターの一部の利用者は、この噂に夢中になった。11月には「pizzagate(ピザゲート)」という単語を含むツイートが100万近く送信された。

では、この偽の「ニュース」はいったいどうやって、ドナルド・トランプ氏を支持する極右のいわゆる「alt-right(オルタナ右翼)」をはじめ、ヒラリー・クリントン氏を嫌う人たちの間で定着していったのか。

まずは、事実から始めよう。

告発サイト「ウィキリークス」は11月初め、クリントン選対委員長ジョン・ポデスタ氏の流出メールを次々と公表していた。その中の1通が、いたずらサイトや思い込みの激しい人たちの目に留まったのだ。

ジェイムズ・アレファンティス氏は、ワシントンのピザ店コメット・ピンポンのオーナーだ。そして熱心な民主党支持者で、バラク・オバマ氏とヒラリー・クリントン氏の資金集めに協力した。そしてアレファンティス氏はかつて、有力なリベラル活動家のデイビッド・ブロック氏と恋愛関係にあった。

アレファンティス氏は、クリントン氏と会ったことはない。そして、ポデスタ氏のメールでは、資金集めに関連してその名前が挙がっていた。

このきわめて心もとない事実関係から、とんでもない陰謀論がでっちあげられたのだ。

何でも自由に書ける一方で、過激な内容や、悪質な嫌がらせ行為で有名な巨大掲示板「4chan」の利用者たちが、この件についてネット検索で見つけたという「関連事実」や、憶測を次々と投稿し始めた。「4chan」ユーザーたちは、アレファンティス氏のインスタグラム・アカウントや、店の壁に飾られた現代美術の画像を漁っては子供の写真を見つけだし、その挙句、「コメット・ピンポン」は有力政治家や献金者が出入りする小児性愛者グループの一大拠点だと、妄想した。

間もなく「コメット・ピンポン」の前に、抗議集団が集まった。アレファンティス氏はその一部を、店内に迎え入れて、対話を試みた。抗議する側はその映像をYouTubeに投稿した

アレファンティス氏はBBCトレンディングの取材に、「あの人たちは、基本的な事実を無視する」と話した。たとえば、小児性愛グループはレストランの地下室で活動していると陰謀論者は言うが、「うちにはそもそも地下室がない」とアレファンティス氏。

「バスケットに入った子供の写真は、時にはただ単に、何の罪もない、バスケットに入った子供の写真だということもある。それだけでは、児童買春シンジケートの証拠にはならない」

この陰謀論は次に、4chanから掲示板サイト「レディット」に移動し、主要ソーシャルメディアへと場を移した。レディットのユーザーが大統領選の数日前に、「証拠」をまとめた長い書き込みを投稿したのだ。この投稿は最初はレディットの中でも、極右のいわゆる「alt-right」系のトランプ氏支持者たちに人気のページに登場した。

アレファンティス氏と他の「コメット・ピンポン」従業員たちのもとに、脅迫メッセージが届き始めた。アレファンティス氏は、インスタグラムのアカウントに鍵をかけた。

この偽の物語はしばらく4chanと「alt-right」のレディット・ページの中に留まっていたが、11月半ばになるといきなり、トルコの親政府メディアが激しく注目しはじめた。

政府系メディアのツイートはトルコ語だったが、いずれも英語の「#Pizzagate」ハッシュタグを使っていた。

ネットメディア「デイリー・ドット」でエフェ・ケレム・ソゼリ記者が詳述したように、トルコのエルドアン大統領の支持者たちは、自分たちの政敵の偽善を批判する手段として、この「ピザゲート」に便乗したのだという。

つまり、こういうことだ。トルコ政府系組織で実際に起きた本当の児童虐待事件について、政権に批判的な人たちは政権の対応を厳しく非難した。ならばどうしてお前たちはこの「ピザゲート」にも同じように怒らないのか、偽善ではないか――というのが、政府系メディアの論法だった。

トルコの政府系メディアが「ピザゲート」を大きく報じたのは、政権の別の問題から読者の意識を逸らすためだったとも言われる。エルドアン大統領の公正発展党は、少女を強姦しても結婚すれば罪に問われないとする法案を提出し、国内で激しく批判された挙句に撤回した

ソゼリ記者によると、もともと児童虐待に敏感に反応するトルコのリベラルやエルドアン政権に反対する人たちも、この「ピザゲート」のうわさに乗った。

トルコからの大量のツイートによって、「ピザゲート」はネット上で一気に注目されるようになった。それと同じころ、トランプ陣営は、私用メールサーバー問題でクリントン氏を訴追するという選挙公約を撤回するような発言をした。

ツイッターでは、クリントン氏を訴追せよと運動してきた「alt-right」活動家は保守系ジャーナリストたちが、今度は「ピザゲート」をより熱心に取り上げ始めた。

具体的な物的証拠や被害者証言は一貫して、出てきていない。それにもかかわらず、ハードコアな陰謀論者たちがことさらに児童性虐待に敏感に反応するのには、理由がいくつかある。

たとえば、ビル・クリントン氏とドナルド・トランプ氏が、児童虐待で有罪になった大富豪ジェフリー・エプスタイン元服役囚の自家用機に乗ったことがあるのは既知の事実だ。また、メールがハッキングされたジョン・ポデスタ氏の兄でロビイストのトニー・ポデスタ氏は、常習的な性的暴行罪で今年有罪となり禁錮15カ月を言い渡された共和党のデニス・ハスタート元下院議長と友人だった。

さらに、BBCの人気司会者だった故ジミー・サビルの長年にわたる児童虐待事件も、だから児童への性的虐待の常習者はこうして逃げおおせてしまうのだという決めつけを裏付ける事実として使われた。

英アングリア・ラスキン大学のビレニ・スワミ教授(社会心理学)は、党派対立が激しく先鋭化した米国では「ピザゲート」のような陰謀論は、恰好の「えさ」として消費されていくと指摘する。

「ここ数年の米国では、陰謀論が政治的な武器として使われている。陰謀論の使われ方として、それは大きな変化だ」

「ピザゲート」はニューヨーク・タイムズやフォックス・ニュースなど主要メディアがことごとく否定して骨抜きにした。しかし、陰謀論信者たちが書きまくるツイートの急流は、本物のニュースに否定されたからといって止まったりはしない。

「批評的な情報を提示すれば陰謀論を信じる人は減るという説には、証拠の裏付けがある。けれどもそれは、まだどちらとも判断せずに迷っている人の話だ。すでに何を信じるか決めてしまっている人は、情報を提示しても何も変わらないだろう」

「ピザゲート」は隠蔽されているといううわさも、燃料を得て膨らんでいる。たとえばレディットが「ピザゲート」の投稿スレッドを削除したこと(ページには現在「このコミュニティーは出入り禁止」「うちのサイトでは魔女狩りお断り」と書いてある)も燃料のひとつだった。またレディットの最高経営責任者(CEO)が、トランプ支持者の投稿を修正したと認めたことも、「隠蔽論」の燃料となった。

アレファンティス氏は、自分やスタッフや店の客への脅迫は、ソーシャルメディアで騒ぎになったことで少し減ってきたものの、まだ陰謀論者は警戒していると話す。

「ソーシャルメディアで集中攻撃されるのはとても恐ろしいことだ。とても感情的になっている人たちからの脅迫は、殺害予告だったり、深刻な内容が連続することが多いので」とアレファンティス氏はBBCトレンディングに話した。脅迫については、連邦捜査局(FBI)と地元警察に被害届を出しているという。

「政治的に操られた攻撃だと思っている」とアレファンティス氏は言うが、それでも今後も政治にはかかわり続けると言う。

「攻撃されたら反発したい。というのも、自分や、壁に飾った作品のアーティストたち、ここで演奏する音楽家たち、そしてお店のお客さんにとって、これは憲法修正第1条の表現の自由に対する攻撃だから」

一方で、そもそもこの騒ぎのきっかけとなった「4chan」では、まだ噂をまき散らす利用者もいるが、こんなことになって残念だという意見も書き込まれている。

「みんな、残念だけど、これは間違いだよ。本当じゃない陰謀論だってあるんだから」という投稿が最近あった。

「義憤にかられてパニックするのは何も新しくないし、今回のこれはその最新版だ」と別の利用者は書いている。

「気持ちの悪い写真をたくさん見つけて、シンボルとかいろんなくだらない状況証拠を見つけた気になってるけど(略)実際には何もない。こんなのを証拠扱いして魔女狩りに夢中になってるのは、ちょっと痛いし恥ずかしい」

「これがどんなにくだらないか、気付いていないのか」

(マイク・ウエンドリング)

(英語記事 The saga of 'Pizzagate': The fake story that shows how conspiracy theories spread

提供元:http://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-38179131

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