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2016年12月9日

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米国初の有人地球周回に成功した元宇宙飛行士のジョン・グレン氏が8日、オハイオ州コロンバスの病院で亡くなった。95歳だった。米航空宇宙局(NASA)が発表した。

海兵隊出身で上院議員も務めたグレン氏は、1週間以上前から入院中で、子供たちと結婚73年になる妻アニーさんに囲まれて息を引き取ったという。

1962年にマーキュリーアトラス6号(グレン氏がつけた別名「フレンドシップ7」)で米国人宇宙飛行として初の地球周回を成功させた。米国の有人宇宙探査がソ連に追いついた瞬間だった。

1974年に民主党から米上院に当選し、24年間、議員を務めた。また1998年には77歳で、日本の向井千秋さんらとスペースシャトル「ディスカバリー」に搭乗し、最高齢の宇宙飛行士となった。

グレン氏は、バージニア州アーリントンの国立墓地に埋葬される予定。

NASAは、「本物のアメリカの英雄だった」、「ジョン・グレン、幸運を。星々へ」とツイートした。

オバマ米大統領は声明で、グレン氏が「一生をかけて障害を破り続けた」と称えた。

オハイオ州のジョン・ケーシック州知事は、「宇宙の深奥へと、そして連邦議会の高みへと飛び続けたものの、彼の心は地元オハイオの確かなルーツから決して離れなかった。ジョン・グレン、幸運を祈ります!」と追悼の声明を発表した。

グレン氏は1921年、オハイオ州ケンブリッジに、配管工と教師の両親のもとに生まれた。一人息子だった。

幼いころはしばしば、飛行機の真似をして両腕を広げて庭を走り回っていたと、父親は後年述懐した。

グレン氏は終生、飛行を愛し、5年前までは自家用機を操縦していた。

幼ななじみのアニー・キャスターさんと結婚し、2人の子供がいる。妻アニーさんは、1942年にプレゼントされた125ドルのダイヤの婚約指輪をいまだに持っているという。

戦闘機のパイロットとして第2次世界大戦と朝鮮戦争に従軍し、数々の勲章を受章した後、宇宙開発計画に参加した。

試験パイロットとして大陸横断飛行記録を樹立した後、宇宙飛行士の第一陣としてマーキュリー計画に加わった。

1962年2月20日にフロリダ州ケイプカナベラルから単独で、アトラスロケットに打ち上げられ、小さいカプセルで地球を5時間未満で3周した。

「ゼロG(重力)で良い気分だ」と無重力状態について交信した。

耐熱シールドが外れたため、大気圏再突入の際にはカプセルが燃え上がるのではないかと懸念されたが、無事の帰還を果たした。

大西洋に着水して帰還したグレン氏は、ニューヨークの紙ふぶきパレードで歓迎された。

政治家としては、1976年大統領選で一時、民主党のジミー・カーター候補の副大統領候補として検討されたこともあったが、その年の党大会の演説が冗長すぎると不評で、カーター氏に「あんなに退屈な男に会ったことがない」と酷評されたため、ホワイトハウス入りは実現しなかった。

1984年大統領選でも指名争いに加わったが、カーター政権の副大統領だったウォルター・モンデール氏に敗れた。選挙では結局、ロナルド・レーガン大統領が再選を果たした。

実業家としては、ホテル・チェーン「ホリデイ・イン」への投資などが成功し、巨額の資産を築いた。

1998年に夫人の反対を押し切ってスペースシャトル「ディスカバリー」に搭乗した際には、軌道上からの記者会見で「このような創造の姿をここで目にして、神の存在を信じないなど、私にはあり得ないことだ」と述べた。

2011年には、米国で民間人に与えられる最高位の、議会名誉黄金勲章を受章した。

2012年にはオバマ大統領が大統領自由勲章を授けた。

(英語記事 John Glenn, first American to orbit Earth, dies aged 95

提供元:http://www.bbc.com/japanese/38259477

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