定年バックパッカー海外放浪記

2017年1月15日

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高野凌 (たかの りょう)

定年バックパッカー

1953年生まれの62歳。横浜生まれ、神奈川県出身。大学卒業後は商社、メーカー勤務を経て2013年定年退職。2014年春から海外放浪生活を始める。放浪歴は地中海、韓国、インドシナ半島、インドネシア、サンチアゴ巡礼など。サラリーマン時代は主として海外業務に従事。ニューヨーク、テヘラン、北京にて海外駐在を経験。身長170センチ、57キロ。獅子座。A型。現在2人のご子息は独立し、夫人との2人暮らし。孫1人。

シュウェダゴン仏塔の入り口で可愛い仏さまに囲まれて

 ところが小乗仏教の世界観は一人ひとりが仏教の教えを実践して信仰を深めることで仏に近づくことができるという他力本願と真逆の“自力本願”であるという。だから大半のミャンマー人は一生に一度は出家して修行するし、在家でも毎日熱心にお経をあげてお布施を惜しまない。そうした不断の自助努力により始めて来世の極楽浄土が約束されるという。

 輪廻転生を信奉しているから肉体そのものは仮の姿であり霊魂が去った後の遺体(亡骸)に対しては何の意義もないと考えるので日本人から見れば驚くほど遺体の扱いには冷淡であるという。単に遺体をぞんざいに扱っているという事象を見るだけでは本質を見逃すことになるという。

貧しい庶民生活と豪華な仏教寺院の強烈なコントラスト

ヤンゴンの青空をバックに燦然と輝く黄金の仏塔

 私は1カ月のミャンマー旅行中にY氏の言葉を何度も思い出した。ヤンゴン、インレー、マンダレー、パガンとどこを旅してもミャンマーの経済力と比べると金箔で覆われた仏塔など不釣り合いなほど立派で豪華な寺院が林立している。そして町々では朝晩に無数の修行僧が托鉢している。

ヤンゴン市内で托鉢する少年僧たち

 他方で多くの乞食が物乞いをしている。聖地ポパ山へ向かう道路は外人観光客を乗せたマイクロバスやミニバンが頻繁に通る観光道路だ。この20キロ余りの山道の両側にほぼ50メートルごとに村人が立っており物乞いをしていた。村人のほぼ全員が物乞いで生活しているのではないか。畑を耕すより乞食をしたほうが生活は楽ということなのだろうが。いずれにせよすさまじい貧困の実態である。

 またマンダレーの町外れの河川敷のゴミ捨て場には無数の子供たちが空き缶、空き瓶、紙くずなどのいわゆる“資源ごみ”を手で拾って集めていた。小遣い稼ぎ程度にはなるのであろう。

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