したたか者の流儀

2017年1月12日

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パスカル・ヤン (Pascal Yan)

著述家

著述家。ルーヴァン・カトリック大学大学院中退(ベルギー)。証券マンとして25年間、欧州を中心に海外で過ごす。現在の職業は都内大学教授。

 

 この冬休み、毛布にくるまれてベニスでゴンドラに乗った人もいるだろう。沖縄で水牛車に揺られた人も多いだろう。しかし、一番気持ちよかったのは、ベトナムのシクロではないだろうか。前進する全面に遮るものはない。音もなく走るのは、ゴンドラも水牛車も同様だが、交通渋滞の中、熟練の腕、いや足で巧みに難を逃れながら走るシクロに勝るものはない。 

  ハノイの旧市街なら一時間も走ってもらえばすべて見ることができる。日本人の観光客がバブル時代に価格を釣り上げたのだろうか、1000円程度の運賃だが納得もできる。街の人やほかの旅行者から見れば、間抜けな奴にしか見えないが、幸い自分で自分の姿は見えない。

 フランスの香りのするベトナムにも、現在は日本製品があふれている。その製品の強固さなのか、三度のインドシナ戦争を勝ち抜いたボウグエンザップ将軍をひそかに指南した新ベトナム人と呼ばれた旧日本軍将校のお陰を思ってかわからないが、とにかく親日国だ。地図を見るまで気が付かないが沖縄から札幌に行くのと変わらないのがベトナムの主要都市だ。

 3.11で世界中から寄付が届いた。もちろん大国からはたくさん、台湾からもたくさん来た。しかし、ベトナムからは、国の経済力から考えて異常値の金額が届いたそうだ。

 友国の話にもどろう。ベトナムこそが若くて頼りになる近所の青年に思えるがいかがであろうか。

いつまでベトナムは日本を好いてくれるのか?

 町一番の交差点でも信号を守るバイクは少ない。自己責任でどんどん行く。比べてわが国では真夜中、田んぼの真ん中の信号機も必ず守る国民性だ。数百のバイクが信号もない交差点を無事横切りあう姿は、何度見ても感心する。近頃は、その最中にスマホいじりをしている青年男女まで出現中だ。日本の交通警官が見たらその場で卒倒するに違いない風景が日常茶飯事となっている。

 日本も昭和の30年代はこんな風だったのだろう。車にウインカーもなかった。あっても壊れていた。したがって、手信号をみんな知っていた。50年するとベトナムも今の日本のようになるかもしれないが、今は違う。

 どこにも水を差す人はいる。彼曰く。“既にベトナムの日本贔屓は終わりつつある。優秀な成績の青年が日本企業に入って粗末にされ失望。勤勉で米国に挑んだ日本が好きなのに、そもそも、そんなものも消えつつあるから日本熱も風前の灯火だね。” 

 国民の平均年齢と人口を調べてみよう。宗教色も穏便だ。

  
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