2024年4月20日(土)

ACADEMIC ANIMAL 知的探求者たち

2010年4月20日

 当時、この本の売れ行きはそれほどではなかったのですが、反響はかなりあって、あちこちに書評が出ました。だいたいは、紹介した作品のグロテスクな面、血なまぐさい面に関心を寄せていた。いま読んでみると、私自身がグロテスクの面に強く惹かれていたことがわかります。

●もともとグロテスクなものに惹かれるところがあったんですか? 

——いえいえ、実はそうでもないんですよ。僕はノーマルな感覚の持ち主だと思っています。江戸の画家で誰が一番好きかと聞かれますけど、俵屋宗達ですから。ああいうのが本当は好きなんです。だけど、学者としての、学問上のプロフェッショナル意識からすると、又兵衛は見れば見るほど興味を持たざるをえない人だと思いますね。生い立ちも特別ですし、形のゆがみも特徴。私は、デフォルマションというか形のゆがみにはけっこう敏感なほうですが、又兵衛にはそういう要素があって、おもしろい。単にグロテスクだから好きだというわけではなくってね。

 私が美術作品にひそかに望むのは、意表をつかれたいということなんです。眠っている感性と想像力が一瞬目覚めさせられ、日常性から解き放たれるような喜びを感じたい。「奇想」というのは、そのようなはたらきを持つ不思議な表現世界を指すために使っています。

 自分から奇想の画家を捜そうなんて思っていたわけでは全然ありませんよ。でも、日本美術一般、江戸時代の絵画史に対する当時の見方を不満に思っていたのは事実ですね。ダリとかピカソとかキリコになじんだ者にとっては、「わび」「さび」一辺倒の理解ではちょっとつまらないな、と。日本にだって、そういうおもしろい人がいないはずはない、とは思っていました。そういう気持ちがあったからこそ、変わったのがいるよと教えられて又兵衛にとびついたんでしょうね。 

※後篇は4月26日(月)公開予定です。

◎略歴
■辻 惟雄〔つじ・のぶお〕東京大学・多摩美術大学名誉教授。現在、MIHO MUSEUM館長。1932年名古屋市生まれ。伊藤若冲ら、これまで注目されなかったユニークな画家たち“奇想の画家”と名づけ、その系譜への再評価を促した。今なお、日本美術界に与える影響は大きい。

「WEDGE」 5月号より

 

 

 

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