この熱き人々

2017年1月20日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

 一方、新しいブレンデッド製品を生み出す時は、まず頭の中で求める味わいをイメージすることから始めるという。仮説を立てながらイメージを具体化するためのレシピを頭の中で絞り込んで、テストブレンドを重ねながら仕上げていくのである。

 10数種類、時には30種類もの原酒を組み合わせることもある。ラベルに「17年」とエイジを入れれば、それより熟成年数の短い原酒はブレンドできない。99.9パーセントが17年ものでも、わずか1滴面白いキャラクターの7年ものの原酒を加えれば、表示するエイジは「7年」になってしまう。芸術作品に近いけれど、コストや市場の動向も考えながらの創意工夫、試行錯誤が求められるわけだ。

自分の物差しを育てる

 輿水は、ブレンダーを目指してサントリーに入社したわけではなかった。山梨県出身で、山梨大学工学部でワインの醸造にかかわる微生物の研究をしていたというから、ウイスキーを目指したわけでもなかった。自宅の近くにサントリー登美(とみ)の丘ワイナリーがあり、大学卒業の年に山梨の白州蒸溜所が稼働開始している。

 気持ちとしては地元の企業に入社したつもりだったのに、地元勤務が1度もないまま定年を迎えてしまったと輿水は笑う。ワインだったらいいなとほのかに思ってはいたけれど、研究職ではなく現場ならどこでもいいと希望した。

 入社して最初は瓶詰めの工場に配属され、次に山崎の研究所に異動。さらに貯蔵・管理部門に。樽、貯蔵、熟成に関する勉強をして、実際に現場に戻って仕事をしているうちに、ウイスキーの世界にどんどんはまり込んでいったという。

輿水が長年勤務したサントリー山崎蒸溜所

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