WEDGE REPORT

2017年1月21日

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風樹茂 (かざき・しげる)

作家、国際コンサルタント

作家、国際コンサルタント(kazakishigeru@gmail.com)。1956年、北海道生まれ。東京外国語大学スペイン語学科卒業。メキシコ留学後、中南米の専門商社を経て、南米アマゾンの奥地でODAプロジェクトの鉄道建設にかかわる。その後は、シンクタンク、研究所勤務などで、首相向けの政策提言、ODA援助、海外投資、NGOプロジェクトに従事。イスラム開発銀行のコンサルタントも経験し、30数カ国を踏査。石油関連事業でカタール、ベネズエラに駐在。

アレッポの破壊に言葉を添える

 アレッポは日本でいえば京都に匹敵する。紀元前2000年から栄えていた、人類の文明と歴史が交錯する街だ。世界中の人々はテレビの映像やインターネットの中に破壊され残骸となった建築物を見る。だが、破壊物が何で、市民たちはどう感じたのかは、わからない。

 そこでアレッポに生まれ育ち、今もそこに住むシャフィク・アブド(28歳)に破壊された世界遺産と、病院の写真を提供してもらい、言葉も添えてもらった。

旧市街のスーク(Al-Madina Souq)

 世界で最も巨大で歴史の古い商店モール。建設は紀元前312年に遡る。アレキサンダー大王の後継者セレウコスニカトールがセレウコス朝シリアを建国した時代。広さは1200平米、長さは総計14キロで 38のマーケットに区分され、5000の商店があった。

 ここは幸せを売る市場だって知っていた? 旧市街のマーケットはみんなに幸せを売っていたんだ。毎日、毎日新たな人生や生活を提供していたんだ。

 このとても狭い路地に生活のためのあらゆる材料が集まり、そしてアレッポの住民や観光客が出会う場所だったんだ。 モダンな商業モールよりもずっとうまく作られていて欲しいものは何でも揃っていた。

 各々の商品ごとに販売場所は区分けされていたんだよ。たとえば食品、衣類、東洋風の家具、シリアの骨董品、おもちゃ、裁縫道具、金、銀、銅製品、それにロープ用品専門の場所さえあったんだ。その他にもたくさんの商品のための区域があった。数え切れないぐらい。

 市場には、風呂、博物館、ホテル、病院、モスクなどの歴史的建造物もあった。人が生きるためのものが何でもあったんだ。

 ぼくが初めて訪れたのはいつだったか、定かじゃない。生まれてから毎年何百回って市場を訪問していたから。

 けれども2012年の9月15日だった。この日が最後になった。ぼくは重い足取りでゆっくり狭い路地を歩いていた。悲しく辛かった。ぼくは入口で長らく佇んで市場の中を見詰めた。ほんとうに悲しかった。

 なぜかこれが最後だって予感があったんだ。そして本当にそうなった。数日後の9月28日だった。テロリストがこの旧市街のスークを攻撃した。中の商品をすべて盗んで、スークを焼き尽くしたんだ。

 

 今、ぼくは後悔している。なぜ、あの日、もっと長く市場にいなかったのだろうか、と。なぜ、もっと細部まで凝視しなかったんだろうか、と。なぜ、もっとスークの中の空気を思いっきり吸わなかったんだろうか、と。

 ぼくは後悔している。なぜ石畳に口づけしなかったのか。そうすれば永遠にぼくの心の中にスークの思い出が強く刻みつかれたのに。あの日、人生が失われた。

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