2024年4月19日(金)

ひととき特集

2010年6月11日

 と山下さん。仕事柄、宝物殿や外苑の絵画館はもちろん、この神宮御苑にもしばしば足を運ぶという。実際、周囲の木々を見回すと、ここが東京都心でなく、どこか深山幽谷であるかの錯覚にさえとらわれる。

 「当時は、一〇〇年後の自然のことを考え、どんな木を植えるべきか、専門家が徹底的に検討をしたそうです。その結果、わずか半世紀後の昭和四〇年代には、自然の森と同じ状態になっていることがわかり、世界的な注目を集めました」と説明する福徳さん。落ち葉なども、焼却処分せず、すべてもとの森に返しているとのことで、滋味あふれる土壌は季節ごとの花々や、多様な昆虫類を育んで、驚いたことに森の木々にはオオタカまで巣を作っているという。

隔雲亭の縁側から。座して眺めると、額縁のように切り取られた中に凝縮したような景色が見え、その向こうに無限の広がりを感じる

 「まさに明治天皇の大御心〔おおみこころ〕のなせるわざですね。ここにいると、本当に心がなごんで、まったり、ホッとするんです」

 ご厚意で上げていただいた、南池を見下ろす隔雲亭〔かくうんてい〕の縁側。山下さんの言葉どおり、池を渡る風に梢が揺れるサワサワという音を聞くうち、日頃の雑事にわずらわされる自分をひととき忘れているのに気がつく。明治天皇が昭憲皇太后のためにお建てになられたこの小亭は、戦災で失われたのを篤志家の寄付で再建したといい、同じく再建した社殿の残材が流用されているそうだ。

 「最近でこそ、パワースポットとして話題になっていますが、以前はショウブの季節などを除いて訪れる人も少なく、実にもったいなく感じていました。理屈ぬきで心安らぐこの御苑こそ、東京の名庭の第一にあげられなければいけないと、私は思います」

 こちらも、明治天皇が昭憲皇太后のために、全国から集めたハナショウブの優良品種を植えさせた菖蒲田。取材当日は“ひこばえ”だったものの、初夏には色とりどり、形もさまざまな花々が、それは美しく埋めつくすという。これをうるおす南池の水も清正井〔きよまさのいど〕からの湧き水とのことで、あらためて「東京の名庭に名水あり」の想いを強くする。

 「神前に立てば自然に頭を垂れ、清浄な気持ちで柏手を打ちたくなる。そんな気分と、アニミズム的な自然観は合わせ鏡のようなもの。神宮御苑が私たちを惹きつけてやまないのはそのあたりに理由があるのかもしれませんね」

 御苑を出て、御社殿に詣でる山下さん。二礼二拍手一礼の柏手が、大前に気持ちよく響いた。

 ▼ 根津美術館庭園〔ねづびじゅつかんていえん〕
──富豪の美意識と職人芸が磨いた“美術館庭園”

 港区南青山、骨董通りにほど近い根津美術館は、明治から昭和の初めにかけて「鉄道王」の異名をとった東武鉄道社長・初代根津嘉一郎〔ねづかいちろう〕が一代で収集した膨大なコレクションを核とする美術館。近世以前の日本および東洋美術が展示の中心だけに、山下さんにとってはまさに自分の庭? と思いきや。


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