2024年4月25日(木)

ひととき特集

2010年6月11日

 「なかなか、じっくりとお庭を拝見する時間はとれなくて。今日はとても楽しみにして来たんです」

庭に建てられた茶室のひとつ、斑鳩庵・清渓亭(いかるがあん・せいけいてい)。その裏手の池に屋形舟が浮かべられている。風雅かつ野趣あふれるたたずまいは、市中の山居と呼ぶにふさわしく「贅沢と言えば、これ以上の贅沢はありません」と山下さん。
池の水の湧き出し口は池北側、その名も「東熊野(ひがしくまの)」という小滝の近くにある

 もとは根津嘉一郎の自邸を、その遺志により美術館として開館。起伏の多い地形を利用した庭園もそのままに、四つある茶室をはじめ「市中の山居〔さんきょ〕」といった風情で長く親しまれてきたが、昨二〇〇九年まで三年余りをかけて改築したのを機に、あらためて来館者へ散策の楽しみをアピールしているという。

 「仏像や水墨画、やまと絵などの古美術、なかでも茶器の収集で知られた初代は、『青山〔せいざん〕』と号する茶人として、多くの友人たちを招きました。その意味で、この庭はいわば“茶人の庭”であり、全体で大きな露地(ろじ、茶室に付属する庭)と言うこともできると思います」

 説明してくださったのは、同美術館学芸員の白原由起子さん。本館一階の庭園口から続くなだらかな石畳は、風雅なたたずまいを守りながら、歩きやすく整備された。庭の中央に広がる池は、表土中の「宙水〔ちゅうみず〕」(粘土層などに遮られて本来の地下水面より上方に局所的にたまった地下水塊)とよばれる地下水が湧き出したものだそうだ。

 「明らかに“参加型”、起伏の多い地形に湧き水と、東京の名庭のポイントをすべて備えています。加えて、この庭はそれ自体が『もうひとつの美術館』ともいうべき魅力的な場所なんですよ」

 そう言う山下さんが「ほら、そこ」「あそこにも」と指さす方を見れば、木々の陰に、また草に埋もれるようにひっそりとたたずむのは、形も大きさもさまざまな名石や奇岩をはじめ、道祖神、野仏、石燈籠と、いずれも味わい深いものばかり。多くは日本の室町期を中心とした作品で、中国や朝鮮から運ばれた石たちもある。等身大ほどの銅造観音菩薩立像を中心に石仏や石塔を集めた庭南西の丘は、観世音菩薩の住む浄土にちなんで「ほたらか山〔さん〕」と命名されね「根津美術館八景」のひとつに数えられる。

 「無造作に置かれていますが、どれも美術品としての価値は相当に高い。なかでも、有名な大分県・臼杵〔うすき〕の磨崖仏〔まがいぶつ〕にも似た石の仏頭は僕の一番のお気に入りですので、いらっしゃった折はぜひ見つけてみてほしいですね」

 白原さんによれば、そうした美術品の配置をはじめ、植栽や日々の手入れは、三代にわたってこれを引き受けてきた庭師の仕事なのだとか。後日、お時間をいただいて、二代目にあたる有限会社晴風苑代表取締役の風間宗景〔かざまそうけい〕さんにうかがうと、開口一番「石というのは、自分で気に入った場所に動いていってしまうんです」というびっくりするような言葉が。

 「もちろん石が自分でノコノコ歩くわけじゃありません(笑)。ただ、座りのいい場所というのはあるようで、一度、庭の別な場所に移した石が、改築の工事などで結局もとの位置に戻ったり──ああ、やはりこの場所がこいつを呼んでるんだなぁって思ったりしますね」


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