ネット炎上のかけらを拾いに

2017年4月11日

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 筒井康隆氏にツイッターを勧めたのは誰なのだろう。こうなることはわかっていたはずだ。

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他愛もないツイートが大量RTされる理由

 今に始まったことではないかもしれないが、ネット上ではしばしば、「何を言ったかではなく、誰が言ったか」と言われることがある。

 例をいくつか挙げよう。たとえば人気のあるアイドルやタレントが一言「お腹空いた」とつぶやいただけで、そのツイートが何千、何万とリツイートされることがある。テレビによく出るメジャーなタレントであればまだわかる。

 ツイッター上には人気のある一般人も多くいる。そのツイートのセンスから何万人もフォロワーのいる匿名の発信者がたまに存在する。一回「この人はセンスがある」と思われることに成功すると、あるフェーズからは何でもかんでもやたらリツイートされ始める。「春はウキウキするけどこの季節に頑張りすぎると疲れちゃう人もいるからほどほどにした方がいいって電車で隣に座った小学生が言ってた」「こんなに天気がいいのに彼が会社のお花見に行くって言うからスネてたんだけど必死で謝ってる顔がかわいくてすぐ許した……って夢を見た」「すぐおいしい、すごくおいしいってコピー、よく考えると深い」などといった他愛もないツイートが何千、何万とリツイートされているのを見かけたことはないだろうか。※例に挙げたのは架空のツイート。

 リツイート回数が半端ないから面白いツイートなのだ。そう思ってリツイートする人もいるのだろうし、同じようにフォロワー数が多い人だから面白いと思ってフォローする人もいるだろう。だからリツイート数やフォロワー数というのは、いったん増え始めると加速度的に増える。

 ブロガーや一部のライター、もしくはIT企業の若手たちの飲み会ではしばしば、「まず何者かにならなければ」「自分が何者かを世に認識してもらわなければ」という焦りの声が聞かれることもある。確かに一面で見れば、「何を言ったかではなく、誰が言ったか」の世界がそこにはある。

 筆者もこれまで、基本的にネット上は「何を言ったかではなく、誰が言ったか」の世界だと思っていた。インターネットやSNSは新しいもののように思われているが、実は結局、構造としては旧来通りなのではないかと。

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