この熱き人々

2017年4月19日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

 身体が発する極限の緊張のサインすら、常態として取り込んでしまう。そういえば、日本中が沸いた快挙の時も、いつもの井山とさほど変わらない穏やかな表情を崩さなかった。

 「うれしかったし、やっと期待に応えられてほっとしました。もちろんできるだけ長く7冠を維持していたいとは思いますが、達成したものはいつか失う時が来ますから。守り続けようと思えば厳しすぎて気が遠くなる」

7冠の重圧を背負って戦う

 20年前に将棋の7冠を達成した羽生善治が、7冠を保持したのが167日である。井山がすべてのタイトルを防衛する立場になってから、2つのタイトル防衛を果たして197日目の11月3日。甲府市で行われた第41期名人戦7番勝負の最終日。

 挑戦者は40歳の高尾紳路九段。井山にとっては7冠防衛と名人戦4連覇をかけた勝負は、3連敗から3連勝と盛り返して最終7戦目にもつれ込んでいた。

 

 「最初の3局は、打った手が裏目に出たり局面にそぐわなかったりで、自分から転んでしまっていた。課題が見えたので次の3局は意識を変えて勝つことができました。最終戦は、追い込まれていたので自分のベストを尽くすことだけを考えて臨みました。こうしていればと悔やむところもなく、しっかり負かされたという感じでした」

 1冠を失った対局を淡々と振り返る。挑戦者たちが挑戦権を得るために厳しい対局を勝ち進んでいる間、山の頂にいる者はただ待つしかない。実戦感覚が薄れたまま、しのぎを削ってきた絶好調の相手と戦う。井山も名人戦は1カ月ぶりの真剣勝負だった。が、それもまたチャンピオンの宿命と受け入れているかのように、恬淡(てんたん)としている。

 名人戦は1人の持ち時間が8時間、2人合わせて16時間。1局を2日かけて行う形式。その間、休むことなく脳みそを絞り続けることを想像すると頭が痛くなり、見ている側まで疲労困憊する、まさに頭脳の格闘技。

 「2日制の大きな対局の後は何日か頭が疲れてるなあと思うことはあります。直後は疲れていても眠れなかったりしますしね。最近は慣れたのか、眠れるようになってますけど」

 慣れたというより、脳が疲労に耐えられる力を備えてきたとも言えそうだ。そもそも囲碁が強い人はどんな脳になっているのか。どんな風に次の手を決めていくのか。井山を評するのに、「独創的な碁」「大胆で意表をつく手」という言葉が多く使われている。

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