2024年4月20日(土)

ヒットメーカーの舞台裏

2010年6月24日

メイキング オブ ヒットメーカー 中島 義雄(なかじま・よしお)さん
セーラー万年筆 代表取締役社長

写真:井上智幸

1942年
父親の勤務地だった韓国・ソウルに生まれ3歳で引き揚げた。小学生のとき父親を亡くしたが、貧しくとも、助け合いが当たり前だった時代に昆虫採集や天文学の好きな少年として育った。
1961年(19歳)
60年安保の翌年に東京大学法学部に入学。学生運動に熱中してしまい、駒場自治会副委員長として全学ストを指揮し、1年間の停学処分を受けた。
1966年(24歳)
社会に貢献する仕事がしたいという気持ちが強く、官僚を志望。自分では思ってもみなかったが、大蔵省(現・財務省)に採用された。後に事務次官、国鉄総裁になった高木文雄秘書課長が「変わった奴を採ろう」という方針を持っていたおかげだ。その後、大蔵省ではおもに主計畑を歩いた。
1995年(53歳)
主計局総務課長、海部俊樹、宮沢喜一両首相の秘書官などを務め、やりがいがあったが、自分の脇の甘さから不本意な形で退官せざるを得なくなった。
2010年(68歳)
京セラ、船井電機を経て現職に。紆余曲折の人生だが、人の縁を大切にして頑張れば、道は必ず開ける。セーラー万年筆の社長として、社員、そして社会のためにもうひと働きしたい。

◆ 「WEDGE」2010年7月号



 

 

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