WEDGE REPORT

2017年4月22日

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風樹茂 (かざき・しげる)

作家、国際コンサルタント

作家、国際コンサルタント(kazakishigeru@gmail.com)。1956年、北海道生まれ。東京外国語大学スペイン語学科卒業。メキシコ留学後、中南米の専門商社を経て、南米アマゾンの奥地でODAプロジェクトの鉄道建設にかかわる。その後は、シンクタンク、研究所勤務などで、首相向けの政策提言、ODA援助、海外投資、NGOプロジェクトに従事。イスラム開発銀行のコンサルタントも経験し、30数カ国を踏査。石油関連事業でカタール、ベネズエラに駐在。

初対面の男女の挨拶は口づけ

 村に赴任して最初に驚いたのは、世界一と思われる男女の距離の近さである。欧米では男女の挨拶は頬にキスをするのが一般的だろうが、ここでは口と口を合わせる。著者よりも先に赴任していたフィリピン人が、村の女性と出会ったときに「初対面から口と口なんだよ」と嬉しそうに言って実践した。江戸時代の日本はもっと男女の距離が近く、混浴だったことを思い出す。

12歳の少女と駆け落ち

 早熟であることもアマゾンの女性の特徴だった。

 あるとき、30代の女性が総務部に泣きながら相談にきた。

「夫が駆け落ちをしてどこに行ったか分からない。さがして下さい、お願いです」

 調べてみると、彼女の旦那は工夫たちをまとめる親方で、仕事振りには定評のある真面目な男だった。都市からきて村に夫婦で下宿していた。相手の女性はなんと12歳だ。

「えぇー、あの娘が12歳、20ぐらいに見えとったよ」

 職場の日系人が驚きの声をあげた。

 日本だったら、三面記事を賑わし、男は刑務所行きかもしれない。無論ボリビアでも不純異性交遊にあたる法律はある。けれども、社会慣習としては男女の仲には寛容である。この場合も男がたぶらかしたというよりも、少女のほうが男をせっついた可能性の方が高い。恋心もあるだろうが、村にいたくないとか、親と喧嘩したから家を出たいとか、そんな理由もあったのかもしれない。

 筆者も様々な男と浮名を流している14歳の少女に手を握られ、「どこかへ連れていって」と誘惑されたことがあった。相手にせずにいると、彼女は自分の男性遍歴を赤裸々に語った。

 その時思い出したのは、ドストエフスキーの「悪霊」と夏目漱石の「心」だった。「悪霊」では主人公のスタヴローギンは関係をもった12歳の少女がクビを括って自殺したことで、罪の意識を持ち続け、その罪の意識をひとつの理由に自らも自殺する。「心」では親友の彼女を奪ったことで心に傷を負った主人公の先生は、明治天皇の崩御を契機に自殺する。しかし、このような文学的主題はアマゾンの村では普通成立し得ない。馬鹿げた行為として笑われるのがおちなのだ。

婚外子は普通

 前出のフィリピン人がこう言っていた。

 「この村では女は男をバスケのボールに思っていて次々にパスするのさ」

 中南米、とりわけカリブ海地域やアマゾンでは、10代の中頃から男女は無数の短い恋愛を繰り返す。村には10代でも夫の違う子供を2、3人かかえている娘が何人かいた。男性は単なるセックスの相手、子種のための存在だった。長男が家や土地を相続するとは限らない。母系制の影響が強い社会だった。子どもが生まれても必ずしも親が育てるわけではない。叔父叔母、祖父母、兄弟、あるいは親の親や名付け親の代父母が育てるかもしれない。高校生や大学生でも子供がいる女性はいるし、世間が目くじらを立てることもない。

 もちろん、男のほうもそれをわきまえている。仲好くなった初老の保安官は一緒に飲むと筆者にこう諭したものだ。「恋人は5人いなきゃいけない。他の男にとられてもまだ4人、病気で死んでもまだ3人、1人が妊娠してもまだ2人残っている」

 男は女性と関係し、妊娠したら逃げる。その後、他の男が連れ子のいる女性と結婚することになる。まさに、カッコーが行う托卵(たくらん:他の鳥の巣に卵を植え付け、育ててもらう)である。生物学的には、子孫を増やすには、最も効率的で狡猾な方法といえる。

 このようにアマゾンでは男女は知り合うに易く、添い遂げるに難しかった。他に理由もある。夫や恋人がどこかに仕事を探しに行けば、戻ってくるかどうかの保証はない。当時の連絡手段といえば、人を介しての手紙だけだ。政治も経済も不安定で、自然条件も厳しい。生きているのか死んでいるのかも不明だ。明日は、限りなく儚く頼りない。諸行無常は、言わずもがなのことであった。

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