2024年4月19日(金)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2017年5月24日

 ムハンマド・ビン・サルマン副皇太子が推進しているサウジの改革は、石油依存型経済からの脱却を目指す経済改革が主眼との印象でしたが、イグネイシャスのインタビューによれば、副皇太子はより広い改革を考えているようです。すなわち、サウジ社会を、国民が生活を楽しめるような社会に改造するということのようです。これは、サウジの伝統的社会の変革です。

サウジ社会を支えてきた2つの約束

 これまでのサウジ社会を支えてきたものは2つの約束でした。一つはサウド家とワッハーブ派の約束であり、サウド家がワッハーブ派を守る一方で、ワッハーブ派がサウド家を支援するという、政治と宗教の同盟でした。もう一つは、サウド家と国民の約束で、サウド家があらゆる福祉を国民に与える一方で、国民はサウド家の支配に従うというものでした。副皇太子は伝統的社会の変革を掲げており、改革が推進されればこの2つの約束は変質せざるを得ません。

 第1の約束については、ワッハーブ派の影響力が減ることが予想されます。サウジの世論調査によれば、国民の85%が政策について宗教指導者より政府を支持するとのことです。副皇太子が国民の声に耳を傾けるとすれば、宗教指導者の発言権は減らざるを得ないでしょう。

 第2の約束については、これまで国民は超福祉政策のいわば代価として、言論、集会などの自由がないことに甘んじてきましたが、これからは国民の要望がより満たされることとなるでしょう。
 このようなサウジ社会の変革には抵抗が予想されます。

 まずは聖職者の抵抗です。ワッハーブ派はサウジの国教であり、国の手厚い保護を受けてきました。その地位と権限を容易に手放そうとしないでしょう。

 副皇太子は、サウジにおける極端な宗教的保守主義は、1979年のイラン革命などに対する反応として生まれた、比較的新しい事象である、と言っていますが、ワッハーブ派は、18世紀のアラビア半島におけるイスラム原理主義の先駆であり、厳格なイスラムの戒律の順守を求めています。また、副皇太子は1979年以降の時代は終わったと言っていますが、そんな簡単なこととは思われません。

 次に王族の抵抗が考えられます。サウジには何千人、あるいはそれ以上の王族がおり、特権を謳歌してきました。国民が生活を楽しめるような社会を実現するためには、王族の特権は制約される必要があります。副皇太子が改革の指導力を強めている背景には、父親である国王の存在があります。もし国王が変わった場合、副皇太子は改革反対派の攻勢に会うかもしれません。

 しかし、歴史の流れから言えば、サウジ社会は改革の時期を迎えています。1990年代には、サウジ社会は少なくとも部分的には中世ではないかと思われたほどでした。ムハンマド・ビン・サルマン副皇太子の登場は、歴史の要請であるのかもしれません。

  
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