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2017年5月26日

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ドミニク・カシアーニBBC国内担当編集委員

時間の経過と共に、サルマン・アベディ容疑者の実像が浮かび上がってきた。しかし、マンチェスターで生まれた男の子が、いったい具体的にどうやって自爆犯になったのかは、いまだに不明だ。

イスラム教徒コミュニティーの生活相談員はBBCに対して、アベディ容疑者が過激で暴力的な思想の持ち主だと、警察の対テロホットラインに通報したことがあると明らかにした。数年前のことだという。

通報に警察がどう対応したかは分かっていない。しかし今年に入ってからも、容疑者の素行について懸念が浮上していたことが取材で分かった。

消息筋によると、容疑者は目的のために命を捧げることの価値を地元の人たちに語りっていた。さらに、自爆攻撃やリビア紛争について強硬な主張を重ねていたという。

リビアとのつながり

アベディ容疑者の両親はカダフィ政権と対立し、リビアから逃れた。

近年のリビアは、他の北アフリカ諸国同様、現代イスラム主義にもとづく政治運動台頭の中心地となっている。

一連の運動は当初は、独裁政権の打倒を目的とするほか、程度の差はあれ、イスラム主義政府の樹立を推進していた。

リビア・イスラム戦闘集団(LIFG)は1990年代当時、カダフィ政権を倒して国内最強の革命集団になろうとしていた。しかしカダフィ大佐が排除に力を入れ始めたため、多くが国を脱出しようとした。

そしてこの時、イスラム主義組織につながる大勢が、英国への亡命を認められたのだ。

サルマン・アベディ容疑者の父、ラマダン・アベディ容疑者は、カダフィ政権打倒の動きを支援する大規模なネットワークに属していた。英国には1990年代初めに到着した。

LIFG幹部によると、ラマダン容疑者はLIFGに所属こそしていなかったものの、同じような政治目的を掲げる反体制派として知られていたという。

英国亡命

話はここでマンチェスター南部に移る。ここはかねてから、欧州全体においてと言えるかどうかはともかく、少なくとも英国におけるリビア政治の中心地だった。

英政府はマンチェスターを始め、バーミンガムやロンドンでもカダフィ反対派を大勢受け入れ、保護してきた。

英国、特にマンチェスターに住むリビア人の中には、後に過激派勢力アルカイダとのつながりを治安当局に疑われる人物も複数いた。

私はこの間、そうして疑われたリビア人を何人か取材してきた。彼らは一様に、自分たちの聖戦の相手はカダフィ大佐だけだと主張した。目的はカダフィ打倒なのだと。

そして結局、確かにカダフィ打倒は成功した。英国や米国の助けを得て。

「アラブの春」が拡大し、カダフィ政権が弱体化した当時、反対派はそれぞれ革命家としての自分のルーツへと戻っていった。英国育ちの息子たちを連れて母国に戻ったリビア人も、少なからずいた。

多くがリビア内戦の鍵となった武装集団、「2月17日殉教者旅団」に参加した。関係者によると、ラマダン容疑者もカダフィ大佐との最終決戦に参加するため、英国を離れたという。BBCはこれについて本人に取材しようとしていたのだが、容疑者はその直前にリビアで拘束された。

マンチェスターの戦闘員

マンチェスターからリビアの戦地に赴いた人は、他にもいた。その多くは、かなり近くに住む近所同士だった。

アベディ家からわずか2キロ近く先には、後にテロ罪で有罪となり、5年半の禁錮刑で服役中のアブダル・ラウーフ・アブダラ受刑者が住んでいた。

アブダラ受刑者はカダフィ大佐を打倒のために戦った、若きリビア系英国人の一人だ。そしてその代償として命を失いかけた。背中から撃たれ、下半身不随となったのだ。

誇りを抱いて英国に戻った。しかし後の裁判で検察は、革命への情熱ゆえに、マンチェスターからシリアのテロ集団に参加する男たちの渡航を仲介するようになったと指摘した。

アブダラ受刑者は裁判で、自分は過激派勢力のいわゆる「イスラム国」(IS)が大嫌いだと主張した。

イスラム教に改宗し、アブドラ受刑者の支援を受けていたスティーブン・ムスタファ・グレイ受刑者も同様に、ISを憎んでいると供述した。

アベディ家の周りに住む全員が、リビア系というわけではない。大物IS勧誘員のラファエル・ホスティーという男性は、この地域からシリアに人員に次々と送り込んでいた。そして、アベディ容疑者とアブダラ受刑者の家の間に住んでいた。

つまりマンチェスター南部は、リビアと結びつきがあるだけでなく、シリア系過激主義の温床にもなっていたのだ。6人がシリアの戦地に向かって死亡し、少なくともほかに4人が今でも戦場におり、さらに6人が刑務所に入れられた。

このほかにも、法的な理由から報道できない事例はたくさんある。いずれも、マンチェスターとリビアとシリアを結ぶ、イスラム聖戦主義者の三角形の存在をうかがわせるものばかりだ。

複雑な相関関係だ。いったいサルマン容疑者に何があったのか、正確なことはまだ分からないままで、答えのない疑問はたくさんある。

リビアの首都トリポリ在住で、アベディ家と親しい知人はBBCに対して、ラマダン容疑者が「ギャングや犯罪者の影響」を気にして息子をマンチェスターから連れ出したのだと話した。サルマン容疑者の友人が近くのモスサイドで死亡して以来、麻薬や犯罪にはまっていると、父親は心配していたという。

サルマン容疑者の弟、ハシェム容疑者もリビアにいた。ISとつながりがあるとして、彼もまたリビアで拘束された。

アベディ家の友人によると、サルマン容疑者は父親とトリポリに住んでいたが、5日前に突然、パスポートを持って前触れもなく家を出た。

安全保障専門家が最近、特に懸念していることの一つに、リビアがある。地中海経由で欧州に入るのはリビア発なら他より比較的簡単なだけに、英国で攻撃を仕掛けようとする過激主義者たちにとっては格好の足場になるだろうと、懸念されているのだ。

サルマン・アベディ容疑者による攻撃はかなりの確度で、この懸念を裏付けるものとなりそうだ。

(英語記事 Manchester attack: The Libya-jihad connection

提供元:http://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-40055708

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