韓国の「読み方」

2017年6月12日

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澤田克己 (さわだ・かつみ)

毎日新聞記者、元ソウル支局長

1967年埼玉県生まれ。慶応義塾大法学部卒、91年毎日新聞入社。99~04年ソウル、05~09年ジュネーブに勤務し、11~15年ソウル支局。15~18年論説委員(朝鮮半島担当)。18年4月から外信部長。著書に『「脱日」する韓国』(06年、ユビキタスタジオ)、『韓国「反日」の真相』(15年、文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)、『韓国新大統領 文在寅とは何者か』(17年、祥伝社)、『新版 北朝鮮入門』(17年、東洋経済新報社、礒﨑敦仁慶応義塾大准教授との共著)など。訳書に『天国の国境を越える』(13年、東洋経済新報社)。

米中の板挟みで頭の痛い文大統領

 THAAD配備問題は、文政権にとって最も扱いの難しい問題だ。文氏は選挙中には「朴槿恵政権が拙速に決めた。責任を持って決められる次期政権に任せるべきだ」と批判してきた。中国との関係を重視して配備に反対する支持者をにらんで、決定の先送りを図る姿勢だった。

 文氏は就任に当たっての演説で「韓米同盟はさらに強化していく。同時に、THAAD問題解決のため米国および中国と真摯に交渉する」と述べた。韓国経済は中国依存を強めており、その中国は常識外れとしか言いようのない経済報復措置を取っているから、中国の反発を放置することもできない。なんとか米中双方の顔を立てる形で決着できないだろうかというのが、青瓦台(大統領府)の本音だろう。そんな解決策があるならば、韓国内では保守派だってもろ手を挙げて歓迎するはずだ。

 そこに出てきたのが、THAADの発射台4基の追加搬入問題である。青瓦台は5月30日、4基の追加搬入について国防省が青瓦台に報告していなかったので、文氏が真相究明を指示したと発表した。4基が韓国に搬入されたのは大統領選前だが、国防省は政権発足後も大統領に報告していなかったという。

 その時点で4基は星州に持ち込まれておらず、別の在韓米軍基地に保管されていた。THAADはもともとXバンドレーダーと発射台6基で構成されるが、大統領選前に設置されたのはレーダーと発射台2基だけだった。大統領選前に駆け込みで実績を作るため、とりあえず2基で運用を始めたのだろう。

 さらに、環境影響評価(環境アセスメント)を回避しようと国防省が「ずる」をしたことも明らかになった。本来は70万平方メートルある敷地のうち、とりあえず32万8779平方メートルを米軍に提供することにしていたのだ。敷地面積が33万平方メートルを超えると本格的な環境アセスが必要だという法律の規定を逃れるためだと見られる。駆け込み配備のひずみがここにも出てきた可能性がある。

追加配備先送りで青瓦台の迷走ぶり露呈

 文在寅政権は6月7日、既に設置されたXバンドレーダーと発射台2基の運用はそのまま認めるものの、発射台4基の追加搬入は環境アセスが終わってからという方針を打ち出した。本格的なアセスには1年以上かかるのが普通だ。韓国メディアによると、青瓦台高官は記者団に「グアムにTHAADを配備した時のアセスは23カ月かかったそうだ」と語った。

 中国紙・環球時報(英語電子版)の社説は、韓国政府の決定を「(配備を)撤回しない」としつつ「(配備の)スピードは落とす」というものだと指摘し、「米国と中国に見せるコインの表と裏だ」と看破した。「中国が韓国に加えた圧力は効果を見せた。韓国政府の意思は揺さぶられた」と断じた社説の見出しは、「THAAD問題で韓国が米中間のバランスを取ることはできない」という挑発的なものだった。

 一方、韓国政府の決定を受けた米紙「ワシントン・イグザミナー」(電子版)の記事によると、5月末に訪韓して文氏と会談した米民主党のダービン上院議員は同紙に対して「私が間違っているといいのだが」と前置きした上で、「(文氏は)北朝鮮を封じ込めるために中国と協力する方が、米国と協力するよりうまくいくと考えているのではないかと懸念している」と語った。ダービン氏は文氏との会談で、米国がTHAAD配備に9億ドル以上を投じていることを指摘したという。

 青瓦台の鄭義溶(チョン・ウィヨン)国家安保室長は結局、配備先送り発表の2日後となる9日には「韓米同盟レベルで約束した内容を根本的に変更しようという意図はない」と釈明せざるをえなくなった。鄭氏は環境アセスなど国内手続きの重要性を述べつつ、「政権が代わったからと(前政権の)決定を決して軽く考えるつもりはなく、米国と引き続き緊密に協議していく」と強調した。

 実際にどうだったかはともかく、米中両国の間で悩む姿を印象づけたことは否定できない。それは同盟派と自主派の綱引きでもあるだろう。国内世論、特に支持層の関心が強い問題では、同盟派が政策をリードしたとしても、自主派の考えを無視することもできないのである。二つの勢力の微妙なバランスの上に文政権が立っていることを、THAAD問題は改めて示したと言えそうだ。

  
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『文在寅とは何者か』(澤田克己、祥伝社)

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