BBC News

2017年6月16日

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マリオ・カッチョトッロ、BBCニュース

マリア・ビゴさんは、グレンフェル・タワーの向かいに11年前から住んでいる。今回の火事で、とても動揺して怒っている。

自分の台所の窓から見えるタワー棟で、火事のせいで大勢が亡くなったからだけではなく。

子供たちを通わせる地元のプレイグループにかかる費用がどんどん高くなっていること、そしてノース・ケンジントン地区の住民が家賃を払い切れなくなっていることに、マリアさんは怒っている。

けれどもマリアさんは何よりも、自分の声が無視されていると怒っているのだ。

「今朝の集団登校で、みんなすごく怒っていた」とマリアさんは言う。

「階級と階級の間の分断がひどくて、それは社会浄化のせいだって色々な人が言っていた」

マリアさんによると、自分の周りの人たちは、火事のあったタワー棟で色々なものが動かなかったことや、スプリンクラーがなかったことを怒っていたという。

「ただ防火心得を貼りだすだけじゃなく、どうやったら安全に建物から避難できるのか、住民を訓練する必要がある」とマリアさんは話す。

マリアさんは2児の母。子供は二人とも特別支援が必要だ。そしてマリアさんは、高級住宅地ナイツブリッジの富裕層が次第次第にケンジントンやノッティング・ヒル、ホランド・パークなど、北へ西へと生活圏を拡大させ、それに伴い地価上昇の範囲も拡大していったと指摘する。

マリアさんは両手で輪を作った。「まるで包囲されてるみたい」。

土地管理局によると、ケンジントン・チェルシー地区の平均住宅価格は136万9708ポンド(約1億9500万円)。2016年以降、6万6384ポンド(約943万円)上昇した。英国の平住宅価格は22万0094ポンド(約3120万円)だ。

さらに、資産評価局によると、イングランド全体の月家賃平均は民間住宅で650ポンド(約9万2300円)、公営住宅は381ポンド(約5万4000円)だ。しかしそれがケンジントン・チェルシー地区になると、民間は2492ポンド(約35万4000円)、公営は537ポンド(約7万6000円)と、格差が5倍近くに跳ね上がる。

マリアさんはノース・ケンジントンで生まれ育った。子供たちのプレイグループの民営化が進み、費用が上昇してきた様子を話す。

「前は2ポンドだったものが、今では7.50ポンド。そうすると誰も子供たちを連れていかれない」

息つぐ間もなくマリアさんは話し続ける。不満が全身からこぼれる。

「この地区は昔からずっと労働者階級の住む場所だった。それが今では少しずつそうではなくなってきていて、労働者階級は自分たちの発言権が奪われてると感じている」

「行政は私たちの言うことを聞いてくれない。私たちはきれいな建物が欲しいわけじゃない。行政は私たちに『何が必要なのか』、『何が欲しいのか』を尋ねるべきだ」

利益優先指向が、労働者階級の生活をむしばんでいるとマリアさんは話す。

「この地域にできる物件を買うのは、地元の人間じゃない」

グレンフェル・タワーの周辺、特に目抜き通りのラティマー通りの近くに人は大勢いる。しかしそのほとんどが、低い沈鬱な声で静かに話している。少人数でかたまり、表情は暗い。報道関係者とは話したくないという人もいる。

火事で黒くなったタワー棟の写真をとる人たちもいる。空に黒く縦に走る傷跡のようだ。全員の意識を埋め尽くしている。

スポーツウェアを着て大きめのキャップをかぶる青年たち。シャツとズボンの高齢男性。ヒジャブを巻いた女性。誰もが携帯電話を取り出して、すすだらけの黒いタワーを撮影している。黒い破片がふわふわと漂っては道路に落ちてくる。

誰もがタワーを見上げては顔をしかめる。目に映る光景が信じられないのだ。

道端の会話の断片が聞こえてくる。

「どれだけ必死だと思う……」と、男性が歩きながら女性に話している。

避難所となった教会など色々な建物に、大勢の人が衣類を詰めた袋を持って入っていく。しかし、丁寧に断られている。

ラティマー地域教会にワゴン車で乗り付けて、衣類の入った大きな袋を二つ持って降りる。しかし、寄付された服があふれかえっているため、受け取りを断られた。

男性は袋を自分のワゴン車に戻して、自分はエセックスの人間だが近くまで来たので何かしたかったのだと話す。なすすべもなく、力なく笑う。

道端のあちこちで、まるで大がかりな引っ越し作業が行われているように見える。大量のビニール袋を積んだ車が次々とやってきて、寄付センターはどこなのか通行人や警官に行き方を尋ねている。

その人たちも次々に、もう寄付の服は受け付けていないのだと言われている。ただし、おむつはまだ不足していると。

ランカスター・ウェイに住む正統派教会のビスラト・ベルハヌ神父(55)は、19年前からこの地域で暮らしている。

以前からグレンフェル・タワーの住民たちとは知り合いだったため、今回の火事に衝撃を受けている。

「みんな仲が良くてダイナミックなコミュニティーだ。タワー棟の人たちはお互いのことを知っているし、家族同然だった。住んでる人たちを知っているし、一緒に泣いている。みんなショック状態で、海外からも私のところに何があったんだと電話がかかってくる」

ベルハヌ神父も、確かに地元住民は地価上昇のせいで締め出されているように感じていると話す。人間よりも金額の方が大事なように思えると。

「陰謀論も飛び交っているが、私は関わりたくない。愛と優しさが必要だ。傷を癒して、人の心を癒さないと」

タワー棟の近くに住むクリスティーナ・シモンズさん(56)は、この地域に27年前から住んでいる。障害があり、歩くには杖が必要だ。

「みんなお互いを助けて協力しあっている。この辺にこんなにエリトリアやソマリアの人たちが住んでいるなんて知らなかった。みんな表に出てきて、手を差し伸べている」

クリスティーナさんもまた、行政は「私たちの言うことを聞こうとしない」と何度か繰り返す。

「ついこの間、ガス工事だからと道が通行止めになっていた。でも何の工事もしてるように見えなかった。おかげで大混乱だった。私はあまり歩けないし。通行止めになるなんて、誰も教えてくれなかった」

「(行政は)私の言うことを聞かない。私たちは無視されて、何もしてもらえない。ものすごく頭にきてる」

そう怒りながらも、クリスティーナさんは火事の被害者は本当に気の毒だと声を落とす。

「近所のみんなが集まる集会とかあればいいのに。これでみんなが前より親しくなるかもしれない」

(英語記事 London fire: 'The working class aren't being listened to'

提供元:http://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-40298730

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