2024年4月26日(金)

特別対談企画「出口さんの学び舎」

2017年6月29日

出口:いったん底に沈むと上がって来られない。このメカニズムって何なのでしょうか。

中室:海外で行われた研究の中には、生徒が非常に高い能力を持っていたとしても、自分が所属している学校やクラスの中で相対的に順位が低い生徒は、教育投資が過小になり、成績が低下していくことを示したものがあります。学校やクラスの中で相対的に順位が高い生徒は、将来に対する前向きな希望を抱き、そして教員や親からもより積極的なサポートを受ける。このことが、もともとの能力が同じだったとしても、学校やクラスの中で相対的に順位が高い生徒たちが、その後の成績や進学で有利な理由だといいます。

 もちろん、クラスの中で相対的に順位の低いわが子をみて、残念に思う親は多いでしょう。しかしこのようなときに、親が子どもと一緒になって視野狭窄に陥り、自分の子どもと人の子どもを比べるのではなく、「今回はダメだったけど、またがんばろう」と考えられる自己効力感(自分ならできる、というセルフイメージを持てていること)を身に付けるように促すことが重要ではないかと思います。実際に私たちの分析の中でも、自己効力感の高い子どもは学力も高い傾向があることも分かっています。

格差によって本当に社会が分断されてしまう可能性がある

出口:ロバート・D・パットナムが書いた『われらの子ども』のように、一つの大きな問題は所得による格差が固定してしまっていることですね。

中室:おっしゃる通りです。

出口:むしろ、ダイバーシティでいろいろな人が混ざっているほうが、人間は楽に生きていけますよね。それが純粋培養されてしまう。しかも、親の所得による格差で固定してしまうところが、とても気になります。

中室:はい。私もそれは本当に大きな問題だと思っています。先ほどご紹介した関東近郊の自治体のデータを学校別にみてみますと、経済的理由によって、就学困難な児童の保護者に対する補助である「就学援助率」は、全国平均でみると15.6%(2012年)ですが、この自治体のデータでその最大値と最小値をみてみますと、就学援助率が一番低い学校では0.3%で、一番高い学校では51.4%となっています。51.4%の学校では、在籍児童の半分以上が就学援助を得て就学しているという状況なわけですから、学校は、おそらく極めて厳しい、困難な状況におかれていると考えられます。これは同じ自治体の中にかなり大きな学校間格差が存在していることを意味しています。

出口:それを聞いて思い出したのですが、パットナムの本の中には、道路を挟んでこちらが貧困率1%、向こうが51%というデータが出てきました。

中室:そうなんです。私も研究や調査でそれを実感する時があります。現実に、日本でも高速道路によって居住エリアが分断されているという話は耳にします。特に子どもの生活圏は狭く、徒歩か自転車がほとんどなので、駅から高速道路までの間は学習塾が多く存在しているが、その高速道路を越えるとほとんどなくなってしまう、というような地域もありました。

出口:そうですよね。格差によって本当に社会が分断されてしまう可能性がある。

中室:おっしゃる通りです。

出口:もう一つ思うのは、僕自身は競争はあっていいと思うんです。極端に言えば、塾も、公立も、私立も、全部競争するような、互いに切磋琢磨する環境があっていい。そこで引っかかるのは、親の所得によって選べる/選べない、ということです。

中室:そうですよねえ。

出口:それなら、公立も私立も塾も同じコストで、子どもの興味や子どもの能力で選べるようになれば、競争環境があるほうがいいのかなあと思ったりします。

中室:アメリカでは、教育バウチャーなどがありますね。

出口:そうです、そうです。

中室:日本ではあまり聞きなれない言葉ですが、アメリカでは、教育バウチャーという言葉は定着しています。学生や若者を対象にしたドラマの中でも、教育バウチャーという単語は頻繁に出てくる。例えば、有名な「ゴシップガール」というドラマでは、主人公の男子学生は、教育バウチャーを得て、ニューヨークのイーストサイドにある私立名門校に通っているのです。そして、バウチャーを得た生徒も、そうした生徒を受け入れる残りの生徒もまた、家庭環境や価値観の異なる同級生から様々なことを学んでいくわけです。

出口:なるほど。

中室:教育バウチャーについては、費用対効果が低いなど様々な問題も指摘されていますが、これだけ、子どもの貧困や貧困の連鎖が問題になるわが国においても、学校に用いることができるバウチャーや、大阪市などいくつかの自治体で先行的に実施されている塾などに用いることができるバウチャーなどは、政策的に検討すべきオプションの1つではないかと思っています。


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