WEDGE REPORT

2015年1月17日

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勝村久司 (かつむら・ひさし)

高等学校地学教諭、元厚生労働省医療安全対策検討WG委員

1961年生まれ。京都教育大学理学科卒業。高等学校地学教諭。1990年、陣痛促進剤による被害で長女を失い、医療事故や薬害などの市民運動に取り組む。厚生労働省の中央社会保険医療協議会や日本医療機能評価機構の産科医療補償制度再発防止委員会などの委員を歴任。2015年8月より群馬大学附属病院で腹腔鏡等で死亡事故が相次いだ事件の医療事故調査委員に就任。著書に『ぼくの星の王子さまへ』(幻冬舎文庫)、共著書に『どうなる!どうする?医療事故調査制度』(さいろ社)など。

 2015年に入ってから1月1日~15日の間で、気象庁が観測した有感地震は全国で75回以上ある。一日平均で5回だ。地震は、日本の地下の全てで起こる可能性があるのであり、予知や予測が実用化に至るとは思えない。

 仮に、将来に、「3日以内に半径100kmの範囲で、緊急地震速報の対象となる震度5弱以上の地震が来る」ということがわかるようになったとしても、それに意味があるだろうか?

 直下型の地震なら、3日間、その都市から全員が抜け出せるだろうか? また、日本国内では、避難した先でもいつでも大地震が起こる可能性がある。予知を受けてどれだけ用心をしていても、地震は必ず来るのだから、家屋の中にいる限り、倒壊するか否かが大きな問題になるが、ずっと家屋の外で暮らすことができるだろうか?

 つまり、耐震構造にしておくこと、家具を固定しておくことを徹底せずに、どれだけ、警告を流しても無意味だ。

 また、海溝型の大地震ならば、それらに加えて津波が来るだろう。予知の研究が津波を止められるわけではなく、結局は地震が起こった後に、津波からいかに避難するか、ということこそが課題なのである。

 日本海側でも、津波の被害は繰り返されている。地震に備えなくても良い、という安心できる地域はない、ということを国民に伝えるべきだ。

 通常のアカデミズムの範囲においては、日本は、地震の前兆現象を探る研究も、地震に関するあらゆる基礎研究も、世界をリードするほど進めていくべきだと思う。私が言いたいのは、国が法律まで作って、特別に大きな予算を使うべきは、地震の予知や予測の研究ではなく、もっと意味のある防災・減災対策ではないか、ということである。

火山噴火予知の意味は、地震予知とは全く異なる

 なお、噴火の予知は非常に意味があると思う。なぜなら、その時々で噴火の可能性がある火山の数は限られており、何より、火山噴火の場合は「ある一定期間、人々がそこに近付かない」ということが可能だからだ。(もちろん、阿蘇の外輪山を作ったような日本中を巻き込む大きなカルデラ噴火のようなものに対しては全く別の議論をしなければいけないが)。

 それだけに、昨年の多くの死者を出した御嶽山噴火では、前兆があっただけに、警戒レベルを2に上げて火口付近の立ち入りを禁止する判断をすべきだった、という反省の上に今後の対応に当たってほしいと願う。

 しかし、その後の責任を担う研究者たちの弁は、「正確な噴火予知などできないのに国民は期待しすぎている」「もっと予算とポストをつけてくれないと無理」などに終始している。もちろん、火山噴火の研究に関する予算や人を増やすことも大事だろうが、「御嶽山噴火-なぜ警戒レベルは1のままだったのか、減災のための情報提供のあり方を問う」で書いたように、総括すべきは、現状の体制でできたはずの判断と情報提供がなぜできなかったのか、ということであり、その本質から逃げていては、いくら予算やポストを増やしても防災・減災を本気で考えていないのではないか、という不信感がぬぐえない。

 噴火予知で求められていることは、「正確な予知」ではない。可能性が高まった際の災害の予防を重視した適切な情報提供なのだ。

 地震や火山の大きな災害が起こる度に、旧来の研究者たちが焼け太りをするだけでは、いつまでも防災・減災が実現しない。人の外側の地球環境や、人の内側の医療環境は、生死に直結しやすく、「命のため」として予算を多くとりやすいだろう。実際に、それほど大切な研究であるが故に、予算を多くかけてほしいと思う。しかし、医学研究でも、研究者や企業のための不正が多く発覚している。どこからが研究者のための研究で、どこからが国民のための研究かの線引きは難しいが、本当に、国民のために防災や医学を研究している多くの研究者を支援するためにも、これらの予算の内容に厳しい目を向ける必要がある。

阪神淡路大震災の教訓は
「災害を予測する」ことの大切さ

 今年1月13日付けの産経新聞の文化欄の「阪神大震災を教訓に」という大阪市立大学理学研究科准教授の原口強氏のコラムに、以下のような記述がある。

 「地震は自然現象だ。それは日本列島が形成される長い地質学的時間軸の中で日常的に起きてきた現象だ。淡路島も六甲山も地震を伴う断層運動の繰り返しによって形成された。地下の活断層が動いて地震が発生する。発生した地震動によって地面が揺れ、家屋が倒壊し、家具が転倒、それに伴い災害となる。地震は発生を止めることも、正確な発生時刻の予知もできない。ただし地震による災害は予測できる」

 つまり、大切なことは、「地震の予知や予測」ではなく、「災害の予測」なのだ。そこに意識を集中させることで、初めて、本気で防災・減災対策に取り組める。

 原口氏のコラムには以下のような記述もある。

 「我々は祖先の代から繰り返し大きな災害を経験し、多くの犠牲から学び、生き抜く術と力を蓄え、くらしを改善してきた。」

 大災害を素直に教訓にし、都市や社会のあり方や、家屋の構造、暮らしの備え等について改善していくための良きリーダーシップをとることが国や文部科学省に求められていると思う。

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