infinity>文化・歴史>メディア論 [東大教授 浜野保樹が語るメディアの革命 ]

マンガとMANGA、アニメとanime
世界で評価される日本文化 そこにはミスマッチも?  

2009年03月13日(Fri) 浜野保樹

デンマークで開催 「マンガ!日本のイメージ」展

「マンガ!日本のイメージ展」カタログ表紙

  社会福祉が充実し、芸術に関心が高いことで知られているデンマーク。首都コペンハーゲンには数多くの美術館があるが、中でも人気が高いのは郊外にあるルイジアナ現代美術館だ。広大な庭園の中にあり、遠くスウェーデンを臨む海に面したレストランには、食事のためだけに訪れる人も多く、近隣の国からの観光客も多い。

 そのルイジアナ現代美術館で昨年10月8日から今年の2月8日までの3ヶ月間、「マンガ!日本のイメージ」展が開催されていた。ドイツで2008年初めから開催され、好評だった展示会を引き継いだもので、マンガといっても、アニメーションも含んだ日本のポップカルチャーの展示である。この展示会での講演会を依頼され、はじめてデンマークを訪問した。世界有数の現代美術館であるルイジアナ現代美術館で「マンガ!」と銘打たれた展示会が開かれること自体が驚きだった。

 人口550万人足らずの国で日本のマンガを発行している出版社が数社あり、日本国内で人気の高い作品は、時間をおかずにデンマークで出版されている。最も大きいマンガ出版社の社長によると、デンマークでは書籍は一万部がヒットだが、日本のマンガは平均15,000部が売れるということだった。ただ、デンマークの人々は英語ができるので、人気の高い作品は早く発行しないと、英語版が入ってきて、売り損ねるという。

 日本の人気アニメーションの原作マンガから、日本のマンガは普及していき、世界中どこでもそうだが、「ドラゴン・ボール」は爆発的な売り上げで、日本のマンガの普及を牽引した。7〜8年ほど前、スウェーデンの首都ストックホルムで日本のマンガを探したことがあるが、一般書店にはマンガは置かれておらず、それでもスウェーデン語に訳された「ドラゴン・ボール」だけは山積みにされていた。今回、ストックホルムにも寄ったが、マンガ専門店の面積は何倍も広くなり、スウェーデン語版、英語版、日本語オリジナルのマンガで溢れかえっていた。

 アニメーションは製作に資本と人手がかかるため、ライブラリーに限りがあるが、日本のマンガは週刊誌連載が基本なので長期連載の作品も少なくなく、膨大なストックがある。そのため一度人気に火が付くと、いくらでも需要に応えられる。

海外で市民権を得た日本語                                      ―shonen、shojo、hentai

  展覧会の題名に「マンガ」という言葉がついているように、マンガは海外で市民権を得た言葉になっていて、現在ではマンガを英語で「comic」と訳す必要もなくなっている。日本のマンガは「Japanese comic」というより、「manga」と書いた方が正確なくらいだ。海外でmangaは、手塚治虫が作り上げたストーリー・マンガの手法で書かれた日本のマンガ、あるいはストーリー・マンガの作品を指すことが多い。

 アメリカには「コミック」、フランスには「バンド・デ・シネ」と呼ばれる、絵で物語るその国独自の表現形式がある。しかし日本のマンガが翻訳され、出版されると、自国や他国のものを押しのけて日本のマンガがその国の市場を制覇してしまう現象が起こる。フランスではマンガの出版点数や売り上げがバンド・デ・シネを凌ぐほどまでに成長し、2004年にはフランスの国立出版社協会の出版統計には「マンガ」という項目が新たに導入されたくらいだ。さらには公立図書館でもマンガを置くところが増えている。アメリカや韓国も同じだ。

 海外で通用するのはマンガという言葉だけではない。マンガに関係する用語も次第に、日本語のままで通用するようになっている。ルイジアナ現代美術館の展示は、3つに分類されていて、次のように記載されていた。

shonen
shojo
hentai

 shonenは少年マンガでshojoは少女マンガであると理解できたものの、hentaiとは何かと、キュレターの女性に聞いた。展示されていた作品である程度分かっていたのだが、エロチックなマンガを総称したジャンルだという答えが返ってきた。そんなことを若い女性に聞くお前が「hentai(変態)」だと言われないだけ良かったが、日本人としては「hentai」という言葉が世界中に普及することには複雑な思いが伴う。デンマークでは、いまではマンガの主たる読者は少女に移行し、少女漫画の人気が高いという。

グローバル経済で奪い合い!?―manga

  「マンガ」という用語が欧米で一般名詞となる過程には、紆余曲折があった。日本でもマンガをどう表現するかについては意見が一致していない。私が「マンガ」と表記しているのは、日本だけで使われているカタカナで表記するというマンガ家の主張に沿ったものだ。「漫画」と漢字で書くと、中国の同じ漢字で「マンファ」という表現方法があり、それに受け取られかねない。そのため故石森章太郎は「萬画」と書くことを提唱したこともある。コミックという言葉も使われたこともあるが、欧米のコミック(comic)と日本のマンガは表現方法が大きく異なる。

 「アキラ」や「ドラゴン・ボール」のマンガ本が欧米で話題と人気を呼んだ時期に、イギリスの会社が「MANGA」という言葉を登録商標にしようとしたことがあった。これは、イギリスでいえば「スコッチ」という言葉を外国人に登録されてしまうにも等しいことだ。以前、それを知ったマンガ家の里中満智子先生が中心となって海外の仲間と一緒に反対運動を起こし、事なきを得たという事件があった。それだけ、「マンガ」という言葉に商業的価値があることなのだが、このマンガの歴史上の大事件について特に資料が残っていないので、里中先生に確認したことを書き残しておこう。

 ある時、イギリスの出版社が「MANGA」と登録しようとしたことをフランスやイタリアのマンガ・ファンが日本に知らせてきた。そこで、当時普及し始めていたインターネットを通じて、「MANGA」は日本の一般名詞であり、商標登録はおかしいということを伝えようということになった。その途端、インターネットで火が点いた。この騒ぎにイギリスの出版社は「MANGAを守ろうとしただけ」と応じたが、他国のマンガ・ファンの反発は治まらず、結局は「MANGA」が一般名詞として受理されなかった。

 こういった歴史を伝えておかなければならないのは、同じことが繰り返されているからだ。日本の代表的なマンガ、たとえば「クレヨンしんちゃん」のような題名が、中国で次から次に登録商標を取られてしまい、日本の正式な商品が中国では海賊版と認定され、撤去命令を受ける事態が起こっている。

 2005年にも「manga」をめぐって、 WIPO(世界知的所有権機関)仲裁センターに提訴騒ぎが起こっている。マンガという言葉は、日本人の手を離れてグローバル経済の中で取り合いになっているのだ。

“ジャパニメーション”は差別用語?―anime

  mangaが世界で通用するとすれば、mangaに先駆けた日本のアニメーションは、海外でもその存在感は大きい。animeと言えば、日本のアニメーションを指す言葉として広く認知されている。

 日本国内でアニメはアニメーション(animation)の短縮語にすぎないが、作品とともに国外に出て行き、それらの作品の特殊性故に、特別の意味を持つようになっている。海外ではanimeとは、日本の商用アニメーション、それも平面的なコマ数の少ないアニメーションを指す。専門的に言えば、日本の2D(二次元)の商用リミティッド・アニメーションを言う。アニメーションには粘土や切り絵のアニメーションもあれば、ストップ・アニメーションなどさまざまなものがあり、日本ではそれらもアニメと言うが、海外ではanimeと言えば日本の2Dの商用アニメーションに限定される。

 日本国内ではアニメという言葉の周辺で、不可解な現象も見られる。日本のアニメーションが海外で受け入れられている状況を、日本のアニメーションが特別に「ジャパニメーション(japanimation)」として高く評価されていると語られることが多かった。しかし「ジャパニメーション」は、「ジャップ(Jap)」と「アニメーション」の合成語であって、「ジャップ」は、いうまでもなく欧米での日本人に対する差別用語で、「ジャパニメーション」は日本のアニメーションを軽蔑する言葉である。

 日本の工業製品は敗戦後、欧米では「安かろう悪かろう」の代名詞のように言われてきた。先人たちのたゆまぬ努力によって日本製のイメージは一変し、「メード・イン・ジャパン」は高品質を示す刻印のようになっている。「ジャパニメーション」は、海外で日本製が安い粗悪品と思われていたころのイメージを引き継ぎ、安くて質の悪い日本製アニメーションという批判的な意味を言下に含んでいる。

 「Jap」を辞書でひけば「奇襲、だましうち」とあるように、在外日本人の歴史は日本人の否定的なイメージを定着させている「ジャップ」という言葉を払拭する歴史だったといってもいい。ファッション・デザイナーの高田賢三がパリでブティックを開いたとき、「ジャングル・ジャップ」という名前を付けたため、在外の日系人の批判を浴びた。そういったことを見越しての挑発であったのだろう、のちに名称は「ケンゾー」に変更された。

 しかし、日本のアニメーション業界のごく一部の人は今もって、「ジャパニメーション」という言葉を好意的な言葉と誤解して使い続けている。しかし差別行為に対して厳しい欧米の業界人は決して「ジャパニメーション」という言葉は使わないし、海外のビデオショップにいっても、日本のアニメーションのコーナーで「ジャパニメーション」と書かれることは絶対なく、「アニメ」となっている。

浮世絵の二の舞ではなく

ショーウィンドーに飾られる日本の「アニメの描き方」教則本

  日本国内でマンガと言えば、英語でコミックと言っているものも含め、絵で物語る手法全体をさしているが、国外ではmangaはまったく異なるものである。animeも同様だ。mangaもanimeも日本人の手から離れて一人歩きしている。しかし、それ故にこそ、その母国である日本は、その質の維持と向上を図るように努める責務があり、注意深く行く末を見続けていかなければならない。

 かつて浮世絵は印象派の絵画に姿を変えて、絵画の革命を起こした。しかし浮世絵自体は、新たな表現を生み出し続けることはできなかった。しかし、今回は違う。例え産みの母ではないにしても、日本が育てたmangaとanimeという二つの表現方法は、ただプロの作品の鑑賞に留まるのではなく、新たな表現を世界中で誘発している。日本の表現方法が世界中で受け入れられたのは、有史以来初めてのことであろう。ストックホルムの画材屋のショーウインドウにも「マンガの描き方」の教則本が飾られていた。

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