2019年10月23日(水)

京都医塾

2018年12月20日

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 大学受験生の4人に1人は医学部狙い。 そう言われるほどの医大ブームが続くなか、熾烈な闘いを制するには相応の覚悟とノウハウが必要だ。合格率8割の私塾では何をしているか。 奇跡を必然に変えて合格した受験生の物語を追い、京都を訪ねた。

 

背水の思いで転塾 偏差値40からの起死回生

 

 このままここにいたらダメになる─。焦りに駆られたKさんが転塾を決めたのは2年前、一浪で臨んだ医大受験に敗れた後だった。

 予備校の指導が悪かったとは思わない。ただし、緊張感はゼロ。繁華街の真ん中にある校舎に通うのが楽しくて、今日は何を着よう、帰りはどこに寄ろう、そんなことばかり考えていた。成績は低迷。模試も惨敗。気がつけば周りも似た有様。その年、医大に合格した同級生はほとんどいなかった。

 窮地のKさんを救ったのは京都の医大進学専門塾。入塾試験はないが、体験授業と達成度テストで個人の力を分析する。結果、重度の基礎力不足が判明し、偏差値40からの再出発が始まった。

 毎朝6時起床、8時に登校して22時まで自分専用個室で勉強漬け。生活リズムが崩れかけても、カウンセリングと日々の声掛けで修正される。体調が悪くて休んだとき、講師が見舞いに訪れ、病院まで付き添ってくれたこともある。

保護者とのコミュニケーションも緊密。学期ごとの三者面談で現状と経緯を伝え、今後の進め方を共有する。

 家に帰れば、明日のためにコンディションを整えたら寝るだけの毎日だが、「こうでなくちゃ」と思える充実感があった。授業は個室で講師が目の前に立ち、1対1の指導。そこで弱点を解消しつつ、集団授業にも臨んで競争心を高め合う。たった一人のために、講師は13人からなる教科横断のチームを組み、自分だけのカリキュラムに沿って中学レベルの基礎から鍛えてくれた。

 1年後、Kさんの偏差値は55に到達した。2年目、体に染み込んだ基礎力が花開き、偏差値60超えを連発すると、そのまま合格を果たしたのだ。今にしてKさんは言う。「なんだ、初めからこうすればよかったのね」と。

絶対に医大へ行く! 強い気持ちが京都で実る

仲間と競い合い、自分の実力を相対化できる集団授業も大切。

 平成30年度の医学部医学科入学状況によると、国公私立の全入学定員9162名に対し、志願者総数は14万3618名で競争率約16倍。9つの座席を140人で奪い合う過酷な椅子取りゲーム。1990年に偏差値45だったある私立医大の合格ラインは今、65に達している。偏差値60以下の医大など、もうないのが現実だ。

 それでも、「どうしても医大に入りたい」と、さまざまなタイプの生徒がこの塾の門を叩く。

 この春、国立大医学部にパスしたAくんもその一人。現役時代は部活に明け暮れ、成績は最下層。センター試験で撃沈し、一念発起で入塾したが、圧倒的な学力不足と学習速度の遅さを克服するのに2年を要した。この間、偏差値は46から66まで上昇。合格の決め手は、現役時代の10倍を超える学習量と徹底的な基礎固め、絶対にあきらめない強い気持ちである。

 他にも、大学4年で「奇跡を起こす!」と誓い、医学部転身を果たしたOさんや、三浪のハンデを1年で跳ね返したYくんなど、目を見張る物語の主人公が大勢いる。

プランニングで見極める 合格までの最適ルート

自分だけの教室であり、自習室でもある専用個室。生徒一人ひとりの個性と苦楽の軌跡が刻まれる。

 プランニングと絶対基礎力。この塾からの合格者に共通するキーワードはそれだ。一般的な予備校や学校では、固定したカリキュラムに即して力の見合う生徒を振り分ける。だが、知識の量や能力に個人差がある以上、取り残される生徒は必ず出る。ならば、一人ひとり異なる合格までのルートを見定め、それに合うカリキュラムとスケジュールを作ればいい。その理想に向き合うプランニングがあってこそ個人授業が生かされる。

 基礎学力が築かれるまで、無理して先に進まないことも重要である。時間はかかるが、後半戦での加速と伸びは爆発的だ。この塾─京都医塾における過去13年の通算合格率82%がそれを裏づける。

 医大進学を目指す「京都留学」は、挑戦者を選ばない。