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2019年11月30日

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ダニエル・デ・シモーン、BBCニュース

英ロンドン中心部でテムズ川にかかるロンドン橋で5人を死傷させた後、警察に射殺された容疑者について、ロンドン警視庁はウスマン・カーン容疑者(28)と名前を発表した。ロンドン証券取引所の爆破計画に関与した罪で有罪となった後、昨年末に仮釈放された。電子タグの常時着用を条件に保護観察中で、中部スタッフォード在住だったという。

英中部ストーク・オン・トレントで生まれ育ったカーン容疑者は、2012年にテロ関連の罪状で有罪となり、「公衆防護」のため最低8年の無期禁錮刑を言い渡された。

当初のこの判決によって、容疑者は8年以上は収監される可能性があった。しかし、2013年に控訴院がこの判決を破棄。禁錮16年の有期刑に変更され、カーン容疑者はその半分の8年間を服役すれば良いとされた。

控訴院は当時、「こうした犯罪で有罪となった人に対し、安全に釈放できることを自ら示すよう奨励すべきとの議論がある。そうであれば、釈放可能な時期が近づいたときに、そうした決定を更生保護委員会に委ねたほうがいい」と判断した。

この判決を受け、カーン容疑者は2018年12月に仮釈放された。それ以来、英中部スタフォードで、保護観察を受けながら暮らしていた。電子タグを常用し警察の監視下に置かれるほか、テロ関係者の社会復帰を目的とする政府のリハビリ・プログラムへの参加を義務付けられていた。

そして今月29日、カーン容疑者はロンドン橋近くで殺傷事件を起こした。

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証券取引所の爆破を計画

7年前に有罪となったテロ関連の罪とは、どんなものだったのか。

カーン容疑者は当時、2010年に逮捕された仲間8人と共に刑務所に送られた。ストーク、西部カーディフ、ロンドンなどイギリス各地出身の9人は全員、国際テロ組織アルカイダの思想に影響を受けており、英情報局保安部(MI5)に監視されていた。

9人はいくつかの計画に関わっていた。計画の中には、ロンドン証券取引所にパイプ爆弾を仕掛けるものも含まれていた。

ストーク・オン・トレントのパブやクラブに爆発装置を仕掛ける計画を、話し合っているのも又聞きされている。カーン容疑者は一般市民を「犬」と呼んだり、イスラム教徒ではない相手をアラビア語で罵倒する「カーフィル」という単語を使っていたという。

カーン容疑者が、アルカイダ発行の雑誌に載っていた内容をもとに、「パイプ爆弾の作り方」を相談していたことも確認されている。

テロの訓練と経験を求めた

カーン容疑者らのグループはまた、イスラム教の教えを学ぶ高等教育機関マドラサをパキスタンに建設する計画を、資金面で支援していた。マドラサは、武器使用の訓練場所としても使われる予定だった。カーン容疑者が通う可能性もあった。

2013年の控訴院判決は、「このグループは明らかに、様々な方法を検討していた。軍事訓練用のマドラサをパキスタンに設立するため、資金集めも計画していた。マドラサでは、自分たちが訓練を受けるほか、ほかに大勢を勧誘する予定だった。手紙爆弾を郵送したり、イギリスの人種差別団体が集まるパブを襲撃したり、目立つ標的を爆発装置で襲ったり、インド・ムンバイで起きたような(同時多発)攻撃を加えたりといった、様々な行動を想定していた」と認定した。

同判決はさらに、グループが「訓練とテロリスト経験」を積ませるためにカーン容疑者たちをパキスタンへ送り込む、「本格的な長期計画」を立てていたと指摘。容疑者たちが「イギリスに戻る時点では、テロリズムの訓練と経験をすでに積んでいるはずだった」という。

「彼らはイギリスで短期的攻撃をもくろんでいた人たちと関わっていた。しかしもっともながら、自分たちの方がずっと真剣な聖戦戦士だと自認していた」

2008年には「自分はテロリストじゃない」と

カーン容疑者と同郷で同時に服役したモヒブル・ラフマン受刑者は、釈放後に別のテロ計画に関わった罪で有罪となっている。

カーン容疑者はストーク・オン・トレントで、イギリスのイスラム過激主義組織「アル・ムハジルーン」系とされる布教スタンドで、何年も説教していた。

「アル・ムハジルーン」の元指導者で、イギリス国内で過激派「イスラム国」支持を扇動した罪で有罪になったアンジェム・チャウダリー元受刑者(2018年10月に仮釈放)は、カーン容疑者が収監された後、英タブロイド紙デイリー・スターに対し、ストーク・オン・トレントのグループは「自分の弟子」で「かなり前から知っていた」と話していた。

2008年には、対テロ警察がストーク・オン・トレントでカーン容疑者宅を含めて5カ所を家宅捜索した。その2年後に、当時捜査対象になった誰も起訴されないことが分かると、カーン容疑者は自分に嫌疑がかけられたことに、強い憤りを表明していた。

当時の容疑者は、「自分はイギリスで生まれ育った。ストーク・オン・トレントのコブリッジで」と発言。「近所の人はみんな、僕を知っている。その人たちに聞けばみんな、僕たちにどういうレッテルが貼られてるか、理解するはずだ。テロリストだとか、なんとか。みんな分かるはずだ。僕はテロリストなんかじゃない」と主張していた。

(英語記事 London Bridge: Who was the attacker?

提供元:https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-50615108

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