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2019年12月2日

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小村トリコ

昔ながらの問屋街や商店街が残る、東京の日暮里。いかにも下町らしいレトロな個人商店が立ち並ぶエリアに、2016年にオープンしたばかりのカメラショップがある。店内の壁一面のガラスケースには、どことなく懐かしさを覚えるデザインのカメラがぎっしりと並んでいる。

「カメラの電池を入れ替えてくれないか」。そう言って店を訪れた初老の男性がバッグから取り出したのは、今から40年以上前に製造されたというスウェーデン製のフィルムカメラだ。「ここ15年ほどはデジタルカメラを使っていたが、ふと思い立って、自宅にしまい込んでいたフィルムカメラを持ち出した」と男性は話す。

「三葉堂寫眞機店」は、カメラの修理や中古販売を行う専門店だ。ここで扱うのは最新のデジタルカメラではなく、旧式のフィルムカメラのみ。今年31歳になる店主の稲田慎一郎さんは、慣れた手つきでカメラに新しい電池とフィルムを装填して、機械の動作をチェックする。「これでいつでも使えますよ」と言って客の男性にカメラを返すと、彼はうれしそうな顔で店を出ていった。次の週末は撮影会に出かけるのだそうだ。

「お客様の中には、50年以上前からフィルムカメラを使っている方もいれば、フィルムカメラに一度も触ったことがないという初心者の方もいます」と、稲田さんは言う。「うちの店で最も多いのは、10代から20代の若者ですね。最近はインスタグラムなどのSNSでフィルムカメラの写真を見て、その独特の雰囲気に憧れるようです」

「ハイテク大国」とアナログカルチャー

日本はよく「ハイテク大国」だと評価されることがある。たとえばソニーのウォークマンや任天堂の家庭用ゲーム機、多機能携帯電話、QRコードなど、日本はこれまでに数多くの「世界初」のテクノロジーを生み出してきた。

経済産業省のデータによると、日本が産業技術にかける研究開発費の予算は、2017年時点で米国、中国に次いで世界第3位。特に家庭用電化製品やロボット工学、自動車、宇宙開発などの分野において、世界で最も優れた技術力を持つ国のひとつだ。

しかしその一方で、日本は「アナログ大国」だともいわれている。というのも、近年のデジタル技術の進歩と反比例するかのように、フィルムカメラなどの「アナログ機器」に立ち戻る人々が急増しているのだ。

アナログ愛好家の天国

「世界中のアナログを愛する人たちにとって、日本は天国のような場所です」と話すのは、東京の吉祥寺に住むイギリス出身のフィルムカメラ愛好家、ベラミ・ハントさんだ。

もともとは世界中を旅してまわっていたハントさんだが、2011年からウェブサイト「Japan Camera Hunter」を運営し、東京を拠点として収集したフィルムカメラをオンライン販売している。ビジネスを始めたきっかけは、縁あって日本のフィルムカメラショップで働いたことだったという。

「プロの写真家たちも利用する老舗のカメラショップで、正社員として2年間勤めました。そこで私が学んだのは、日本ではつねに『100パーセントの品質』が求められ、ほんの少しのミスも許されないということです。私たちはカメラの販売やメンテナンス、フィルム現像などのあらゆるプロセスにおいて、製品を正確かつ丁寧に扱い、完璧なサービスを顧客に提供しました。顧客はそのカメラを受け取って大切に使うのです。日本人には仕事に対する徹底したプライドと、製品に対して敬意を表する文化があります」

こうした日本人の姿勢は、フィルムカメラの品質にも影響を与えているとハントさんは分析する。現在、フィルムカメラ愛好家たちが使っているカメラのほとんどは、中古市場に出回った品を買い付けたものだ。日本で手に入るフィルムカメラは海外と比較して、ホコリの混入やパーツの欠品などの少ない、良好な状態の品物がずば抜けて多いという。

ハントさんによると、日本のフィルムカメラ文化にはもう1つの特徴がある。それはここ数十年の間、フィルムカメラが一部の熱狂的なファンだけでなく、一般の人たちにとっても身近な存在であり続けたことだ。たとえば「チェキ」や「写ルンです」といった安価なインスタントフィルムを使ったカメラは、20年以上続くロングセラーの人気商品だ。また都心部には大型の家電量販店をはじめ、何十軒もの中古フィルムカメラショップがあり、世界各国のカメラを手にとって見ることができる。

「東京はフィルムカメラを購入するのに理想的な街で、海外からたくさんの愛好家たちが訪れています。ただし、買い物の際に注意しなければならないのは、店内で礼儀正しくふるまうこと。マナーは日本人にとって重要なルールです。店に入ったら店員に笑顔であいさつし、商品に対して最大限の敬意を払ってください。そうすれば店員は最高のカメラを紹介してくれます」

アート作品のように

東京の中目黒にある「waltz」は、世界でも希少な「カセットテープ専門店」だ。2015年にオープンした同店には、6000本を超えるカセットテープが並んでいる。アンティークの木製家具に置かれた色とりどりのパッケージが印象的だ。

カセットテープとは1966年に誕生し、1980年代にかけて全盛期を迎えた音楽メディアだ。しかし、waltz の店内には「レトロ」や「ノスタルジー」といった雰囲気は感じられない。

「カセットテープは古く懐かしいものではなく、現在進行形の新しい音楽カルチャーです」と話すのは、店主の角田太郎さん。同店では中古の商品も扱っているが、メインは新譜のカセットテープだ。

角田さんによると、2010年代前半頃から、米国の西海岸を中心にカセットテープで楽曲をリリースするアーティストが増え始め、今ではその価値が世界的に見直されているという。2018年のBuzzAngle Musicのレポートでは、米国でのカセットテープ販売数は前年比18.9%という大幅な上昇を見せている。

「カセットテープは四角いパッケージの中でアーティストの世界観を自由に表現できる、アートブックのようなもの。私の役目は、彼らの作品の魅力を生かすプレゼンテーションをこの店で行うことです」

店の内装は、モダンなアートギャラリーをイメージしてデザインしたと角田さんは言う。新譜のカセットテープには角田さん手作りのPOPのカードが添えられ、それぞれの楽曲の楽しみ方が紹介されている。また中古品を含めた店内のすべての商品は、丁寧なラッピングが施された状態で整然と陳列されており、折れ曲がった商品や雑然と並べられた商品はひとつもない。角田さんは「ここまで細部にこだわるのは、ある意味で日本人らしいと言えるのかもしれませんね」と笑う。

同店を訪れる客の約半数は外国人で、音楽業界の関係者だけでなく、ファッションやデザインに関わる人も多いという。2017年には、イタリアのラグジュアリーブランドのGUCCIが、ブランドにインスピレーションを与えた場所として「GUCCIプレイス」に同店を選出した。

「カセットテープには、モノとしての圧倒的な魅力があります。ストリーミング再生など、デジタル化の波によって音楽は無形化しつつありますが、私はそもそも音楽とは『形あるもの』だと思っています。現物を直接触って、パッケージを見て、良さを感じる。これは実店舗でないとできないことです」

現状維持か、未来志向か

「日本におけるアナログカルチャーは、経済の成長と密接に関わっている」と指摘するのは、関西大学の副学長である高増明社会学部教授だ。

高増教授は2000年に大学発ベンチャーのインディーズレコード会社を設立し、学生たちと共に音楽活動を行ってきた。「レコード特有の深く温かみのある音質は、現在でも一定のファンから愛され続けています。でも、人々がレコードを支持する理由はそれだけではありません」と高増教授は言う。

「日本でオーディオブームが起こった1970年代は、戦後の高度経済成長期を経て、日本経済が大きな成長を遂げた時期です。人々に経済的な余裕が生まれたことで、生活に必須の機能的なものだけでなく、新しく文化的なものを率先して取り入れるようになりました。それを象徴するのがレコードカルチャーです」

高増教授は、レコードをかけることは当時、時代の最先端を行くことと同義で、「レコードの知識を持っていることはある種のステイタスでした」と語った。

その上で、この四半世紀における日本経済の停滞こそ、人々をアナログ趣味に走らせていると指摘した。

「経済の停滞とはつまり、長期にわたって社会が大きく変化していないということです。だから現在と25年前の日本の状況を比較して、『今の方がいい』と言う人もいれば、『昔は良かった』と言う人もいます。すると、最先端のものを取り入れることが絶対的な価値ではなくなるのです。近年、変化を好まずに古いものを守ろうとする日本人が現れているのは、それだけ社会が安定し、多くの人が現状に満足している証拠だとも言えます」

経済の低迷、若者の消費動向、あるいは単純なノスタルジー。どんな理由にせよ、日本人のアナログ好きは日本の「今」を表しているようだ。

(英語記事: What Japan's love of nostalgia says about its economy

提供元:https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-50598718

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