2024年4月16日(火)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2020年5月18日

 英国とEUの将来の関係に関する交渉は、年末に終わる移行期間の延長の可否を決める期限が6月末に迫っており注目されている。5月11-15日に第3回の会合がテレビ会議の形式で行われているところであるが、双方の間の溝が埋まらず、事態は膠着状態にあると見られる。まず、少し古いが、4月24日に第2回交渉終了に際し英国首相官邸が発出した声明を紹介する。概要は以下の通り。

Nastco/iStock / Getty Images Plus

1.建設的な交渉であったが、双方の溝を埋めるには限定的な前進しかなかった。

2.FTAの中核的な分野、例えばモノとサービスの貿易、および関連するエネルギー、運輸、民生原子力協力のような分野では幾つかの希望の持てる見解の一致があったと我々は評価している。

3.しかし、モノの貿易に関するEUのオファーの詳細はEUが他の諸国と合意した最近の先例に遥かに及ばないことを我々は遺憾に思う。このことは双方が共有するゼロ・関税、ゼロ・クォータの願望の実際上の価値を大きく減じるものである。

4.また、他の分野においても原則に係わる重要な違いがある。例えば、EUの他の貿易協定にはなく、英国が独立した国家としてEUを離脱したという事実を考慮しない条件を英国に課すという主張をEUが撤回するまでは、いわゆる「公正な競争条件」とガバナンスの規定について我々は前進出来ないであろう。

5.漁業については、EUの交渉マンデートは我々に共通漁業政策の下における現行のクォーターの継続を容認するよう要求するもののようである。しかし、本年末にはその海域へのアクセスをコントロールする権利を英国が持つことになるという現実の基礎の上でしか我々は前進し得ないであろう。

6.我々は建設的に前に進む必要がある。英国はその中核としてのFTAの成立に依然コミットしている。我々は双方の政治的現実を反映した均衡のとれた全体的な解決を見出したく思っている。

出典:‘Statement on Round Two of UK-EU negotiations’(GOV.UK, April 24, 2020)

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 上記の声明からは双方の基本的対立が全く解消していないことが読み取れる。同じ24日、EUのバルニエは記者会見したが、異例に長文の声明を発し、英国の交渉方針と態度に強い不満と危機感を表明した。彼は「英国は多くの基本的問題について真剣に話し合うことを拒否した」と述べた。また、5月7日にはホーガン欧州委員(通商担当)が、英国がEUとの通商交渉の成功を望む兆しは見られず、英国はEU離脱後の悪影響を新型コロナウイルス感染拡大による経済ショックのせいにしようとしている、と非難したと報じられている。双方の言い分を読み合わせれば、対立はいよいよ鮮明である。

 対立点は、交渉当初から変化はないが、特に次の3つが大きな障害である。

(1)合意の枠組み:EUは単一の枠組みにすべての分野を包み込むことを提案。すべての分野で並行して合意を形成することを主張し、選択的にセクター毎の協定とすることに反対。他方、英国はFTAを中核とし、その他セクター別の協定を主張。

(2)「公正な競争条件」:EUはFTAの前提として国庫補助、環境規制、労働基準など英国が「公正な競争条件」を維持することを要求。他方、英国はEUが結んだ他のFTAに例はなく、英国がEUを離脱した現実を無視するものとしてこれを拒否。

(3)漁業:EUは長期の取り決めによる概ね現状維持を目指していると見られる。漁業に関する合意なくしてFTAはないとの立場。英国はその海域へのアクセスの規制権限を英国が回復する原則的立場に立ち、目下具体的交渉に入ることを拒否している模様。

 更に、EUのバルニエ交渉官は、北アイルランドに関する離脱協定の規定を英国が誠実に履行するつもりがあるのかに強い不信感を表明した。すなわち、離脱協定によって北アイルランドはEUの関税同盟にとどまることとなり、これに伴い英国から北アイルランドに流入する貨物について英国は合意された通関手続きと衛生植物検疫措置を適用する義務を負っているが、英国がこれを誠実に履行することの証拠が必要だと彼は述べた。

 双方の立場の隔たりは大きいままである。交渉の雰囲気には険悪なものがあるように思われる。6月には交渉の進展状況のレビューが行われ、それまでの間、5月11日の週と6月1日の週の2回、交渉が予定されている。しかし、交渉打開の見通しはない。移行期間の延長を求めるのであれば6月末が期限であるが、英首相官邸は、延長を求めることはないと述べている。EUから要請されても延長を求めないとも述べている。延長を求めないのはジョンソン首相の原則的立場によるものであるが、仮に延長を求めても交渉の進展が望めないこともあろう。合意のないまま移行期間を終える衝撃がコロナウイルス危機によって相当程度吸収されてしまったとの計算があるかも知れない。英国は6月には少なくとも一時的に交渉を離脱する可能性があるように思われる。 

  
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