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2020年10月28日

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ロビン・レヴィンソン=キング、BBCニュース

11月3日の米大統領選へ向けて、誰がどうやって投票すべきかについて、数百の訴訟が提起されている。有権者の投票を抑圧しようとする行為が横行しているという批判もある。アメリカの選挙で問題になる投票を妨げる障壁とはどういうもので、なぜそのような障壁がそもそもあるのか。

各地で期日前投票の受付が始まると、あちこちで撮影された長蛇の列の写真が話題になった。有権者の熱意の表れだと称賛される一方で、刷新が遅れる選挙制度がいかに問題だらけかという証拠だと批判もされた。

長蛇の列、規制が厳しい投票に関する法律、行きにくい投票所――。こうしたものはいずれも、有権者の政治参加を妨げている、民主プロセスに参加しにくくなっていると、市民団体「Vote.org」のアンドレア・ヘイリー代表は言う。非営利で超党派のVote.orgは、有権者登録を支援するための技術活用を重視している。

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投票を妨げる原因の中には、パンデミックで悪化したものもある。全国的に投票所スタッフが確保しづらいこともあり、投票所自体が少なくなっている。「投票するというそれだけのために、新しい障害を何重にもくぐらなくてはならないという事態になっている」と、ヘイリー氏は言う。

大勢の有権者が投票所に向かうのは、今年の状況では言うまでもなく危険だ。そのため多くの州では投票に関する規制を緩和した。その結果、以前より多くのアメリカ人が(直接か郵便かで)投票日より前に投票できるようになった。しかし、誰もがこれに賛成しているわけではない。

現在44州で300件以上の訴訟が、投開票の方法について提起されている。誰が期日前に投票できるのか。郵便投票がどうやって回収されるのか。共和党が州政府や議会を抑えている州では、不正投票を防ぐために各種の規制は必要だと言う。一方で民主党は、有権者の公民権行使を阻止するのが、多くの規制のねらいだと批判する。

投票したいアメリカの有権者は、どういう障害を乗り越えなくてはならないのか。

10時間並ぶことも

ジョージア州では期日前投票が始まると、何千人もの有権者が投票するために何時間も待つことになった。有権者がそれだけ熱心なんだという意見もあるが、その逆に投票所が少ない、スタッフが少ない、コンピューターに問題が生じたなどが理由だという批判もある。

長蛇の列が理由で投票をやめる人が実際にどれだけいるのかは、不明だ。しかし、長時間の行列で特に迷惑する人たちが誰なのかは、はっきりしている。

マサチューセッツ工科大学(MIT)調査によると、2016年選挙では黒人有権者の待ち時間は平均16分だった。白人有権者の待ち時間は10分だった。他の研究でも同様の結果が出ている。

そして、長時間の行列でことさらに打撃を受けるのは、投票するために欠勤するとその分の給与を失う人たちだ。

「裸の投票用紙」など厳しい規則

投票用紙の印刷を有権者に要求する決まりは、若者や低所得の有権者にとって妨げとなりかねない。中高年に比べて若者や低所得者は、プリンターを持っている可能性が低いからだと、ヘイリー氏は言う。

ペンシルヴェニア州では州最高裁が、投票した人の身元が見えないようにする封筒に入っていない投票は無効票にすると判断を示した。投票日直前のこの決定で、送り主の身元が隠れていない大量の「裸の投票用紙」が破棄されるのではないかと、懸念の声が上がっている。

新型コロナウイルスの感染拡大以前は多くの州で、郵便投票をするには公証人や複数の証人の署名が必要だった。パンデミック以降、多くの州がこの決まりを緩和したが、変えていない州もいくつかある。

長いドライブ

アメリカの農村部では、有権者は投票所まで何時間も運転しなくてはならないことがある。

アメリカ先住民の投票を支援する団体「Four Directions」によると、先住民居留地に住む多くの人は、投票しづらい状況だという。

たとえばネヴァダ州では、ピラミッドレイク・パイユート族の人たちは、期日前投票ができる一番近い投票所まで往復で約160キロは運転しなくてはならない。

アリゾナ州では、ナヴァホ・ネイションの人たちが郵便投票の受付期間延長を求めて提訴している。郵便局が平均して約1830平方キロごとに1カ所しかないからだ。

身元確認

並び続けてやっと自分の番が来たら、場合によって有権者は自分の身元を証明しなくてはならない。

35の州で、有権者は投票所で何らかの身分証明書を提示する必要がある。もし身分証がない場合は何らかの誓約書を手書きで書いて提出すれば認められる州もあるが、ウィスコンシン、テキサス、カンザス、インディアナ、テネシー、ミズーリ、ジョージア各州では認められない。

2016年に全米でも特に厳しい身元確認州法を成立させたウィスコンシン州のスコット・ウォーカー前州知事のように、厳しい身元確認を重視する人たちは、「投票しやすくなる一方、ずるしにくくなる」と言う。

しかし、投票所で身元をごまかして投票する不正投票への懸念は、おおげさに吹聴されすぎているという意見もある。むしろ、身元確認を厳しくしすぎることで、運転免許を持たない、あるいは定まった住所のない低所得者やホームレス、身体障害者などの投票を制限してしまうことの不利益を考慮する必要があるという考え方だ。

投票時の身元確認の法制化が進んだのは過去10年間の動きで、これは各地の共和党議会が不正投票を減らすためだとして推進したものと、ウィスコンシン・マディソン大学のケネス・メイヤー教授は言う。しかし、本当の目的は民主党を支持しがちな若者や低所得者、アフリカ系アメリカ人などの投票を抑制することだと、教授は言う。

「身分証明書がない人などいないと、よく言われる。飛行機に乗るには身分証がいる、銀行口座の開設には身分証がいる……と。しかし、世の中には銀行口座がない人もいる。飛行機に乗らない人もいるんだ」

投票時の身元確認を義務づける国はアメリカだけではない。イギリスも地方選挙で新しい法律の実施を試しており、今年に入って裁判所が施行を支持したため、いずれ全国的に導入される可能性がある。

アメリカでは、不正投票が広範囲に行われていると裏づける証拠は出ていない。2016年選挙を調べるようトランプ政権が立ち上げた委員会は、報告書を発表することなく解散した。これについてホワイトハウスは当時、複数の州が協力を拒んだのだと説明した。

有権者名簿の削除

アメリカでは郡ごとに選挙が実施され、郡や州ごとにそれぞれ選挙に関する規則が異なる。郡や州の中には、登録有権者の名簿から名前を定期的に削除するところもある。そういう地域の有権者は、登録し直さなくては投票できない。

ウィスコンシン州最高裁が審理中の訴訟は、13万人の名前を名簿から削除しても良いかどうかを争っている。州選管からの手紙に30日以内に返事しなかった有権者を、転出したと認定して直ちに名簿から削除しなかったことを、保守派の弁護士事務所が問題視して提訴したのだ。

ウィスコンシン州は2016年には僅差でトランプ氏を支持した。民主党支持か共和党支持かで、有権者名簿に関する意見はきっぱり割れている。

共和党は、返信しなかった人を有権者名簿に残したことで州選管は法律を守らなかったと批判する。民主党は、この法律が住所不定かもしれない若者や低所得者やマイノリティーを不当に痛めつけるものだと批判する。

受刑者の投票禁止

ほとんどの州では、刑事事件で有罪となり服役中の受刑者の参政権を制限している。一部の州は服役を終えれば自動的に投票権を復活させるが、州によっては仮釈放や保護観察期間がすべて終わり、すべての罰金を払い終えるまでは、投票を認めない。

フロリダ州は2018年に、暴力犯ではない受刑者150万人の投票権を復活させた。しかしそれから間もなく、受刑者は全ての罰金や費用などを払い終えたと証明しなくてはならないと州法を改正した。

(一時的に民主党から大統領選予備選に出馬した)マイケル・ブルームバーグ前ニューヨーク市長は、出所済みの黒人とヒスパニックの元受刑者3万2000人が罰金や費用などを払って投票できるよう、1600万ドルを寄付している。

この寄付について、フロリダ州の州司法長官(共和党)は連邦捜査局(FBI)に対して、「選挙法違反の疑い」で捜査するよう要請するに至った。

暗い過去

アメリカにおいて投票抑圧は決して新しい現象ではない。むしろ、参政権の制限は建国当初からアメリカの一部だった。アメリカ初の選挙では、白人で土地を所有する21歳超の男性しか投票できなかったのだから。

南北戦争が終わり、アフリカ系アメリカ人にも投票する権利が認められると、人頭税や識字試験などがハードルとして導入され、アフリカ系市民が投票しにくいようにする画策が続いた。

事態がようやくすっかり変わったのは、1965年投票権法が成立してからのことだ。この法律で、こうした投票妨害策の多くが違法となり、主に南部諸州が選挙法を変更するには連邦政府の承認が必要となった。

ただし2013年になると、特定の行政区画は選挙法の変更に連邦政府の承認が必要だと定めていた条項について、連邦最高裁が違憲と判断した(シェルビー判決)。このため各州は投票を制限する規則を導入しやすくなり、現在に至る。

(英語記事 US election 2020: Why it can be hard to vote in the US

提供元:https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-54703274

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