2024年4月24日(水)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2021年2月8日

 米国が先端チップ(半導体)製造で後退を示す中、チップ製造で中国の時代が始まりつつあるかもしれない、中国をグローバル供給網に参加させ、かつ西側の利益を守るような、中国との予測可能な通商の枠組みを創る必要があると、1月23日付けの英Economist誌が論じている。

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 英Economist誌にしては、かなり皮相な記事だと思う。マイクロチップ製造は、設計・材料・製造装置の存在を前提とする。エコノミスト誌の記事は、この3分野を度外視している。中国は、高級材料・先端製造装置を日本や西側諸国に依存している現実がある。

 マイクロチップ生産の歴史にはいくつかの節目があった。IBMに代表されるメイン・フレームからパソコンに移行した時、パソコンからスマホに移行した時、そして現在5Gに対応して多種多様・高性能のマイクロチップが求められる時代に移行しつつある。

 その中で、当初優位を築いた日本企業は、相次ぐパラダイム変化の波に乗り遅れて製造面では没落した。しかし、素材と製造機械生産の面では世界で高いシェアを維持している。

 米国は、製造の多くを台湾、韓国企業に仰ぐが、設計と製造機械生産の面では世界の大元を抑えており、それによって第三国企業をも己の対中制裁措置に従わせることができる。例えば、米国製装置で作ったものの対中輸出を禁ずる等である。

 一方、中国はこれまでマイクロチップの大輸入国であった。その主因は中国で最終製品を組み立てるアップル(台湾のホンハイが生産を受託)等が、そのために大量のマイクロチップを(おそらく、米国、台湾、韓国から)中国に持ち込んでいたからである。そのため、中国の自給率は20%以下と言われて久しい。外国企業は中国での自社製品組み立てを縮小しつつあるので、マイクロチップの自給率は数字の上では上がっていくだろう。

 習近平政権は遠大な目標を立てた。2025年には自給率70%を達成しようと言うのである。米国の制裁を食らった華為(ファーウェイ)等はすでに、国産マイクロチップへの移行をはかりつつある。しかし、これは容易なことではない。例えば5Gに対応できる高精細のチップを作るためには最先端のEUV(極端紫外線)を用いた露光装置が必要なのだが、これを作れるのは世界で現在オランダのASML一社のみである。これは一基100億円以上する代物なのだが、米国の差し金で、中国には輸出できない。他にもEUV対応の製造装置は米国・日本・欧州の企業に独占されていて、これを止められると中国はどうしようもない。華為などは台湾のTSMC等と緊密な人的関係を持っているが、人材だけではモノは作れない。

 マイクロチップ設計面で中国は力をつけているが、華為でさえ実際はArm社に依存していたのであり、自立までには時間がかかるし、いずれにしても製造装置、素材が入手できないと話にならない。

 冷戦時代のソ連のように、マイクロチップの最終製品を秋葉原などで購入してはスーツケースで密輸するしかない。ソ連はこれでは兵器生産にも足りず、西側に立ち遅れていったのである。

 つまり、西側による規制が守られていれば、中国はマイクロチップ面での後れを克服することはできない。力をつければ周辺諸国、西側諸国に歯をむくような中国は、こうしておけばいいのだろう。トランプ時代の規制措置の多くは、残してしかるべきものだろう。

 日本では、米中対立を迷惑がり、ビジネスの邪魔だとする声もあるが、それは安全保障を軽視した意見だ。中国で最終製品の組み立てが減少すれば、その分中国以外の国での生産が増えるのであり、日本企業はここへ素材・製造装置を輸出していけばいいのである。それに元々、最先端の素材・製造装置の対中輸出は、日本の法制でも規制されてきたので、事態はあまり変わらないのである。

 Economist誌の記事は、中国をグローバル・サプライ・チェーンの中に組み込み、その行動を国際取り決めで管理していけばいい、と言っている。しかしそれは、不可能なことを言って議論をごまかそうとしているのである。西側諸国は以前、WTOを改革して中国の行動も規制しようとしたが、中国はこれを受けなかった。そのためオバマ政権はTPPを推進して中国への圧力としたのである。RCEPはこれの代用にはならないし、昨年12月末ドイツの動きで基本合意されたEU・中国投資協定も解決策にならないだろう。

  
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