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2021年5月1日

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アパルナ・アルーリ、BBCニュース、デリー

インドは今年1月にワクチン接種を大々的に開始した。感染者は激減していて、楽観的な空気が当然のこととして広まっていた時期だ。

インド政府は、7月までに2億5000万人にワクチンを提供するという野心的な目標を設定。世界最大のワクチン製造機関、セラム・インスティチュート・オブ・インディア(インド血清研究所、SII)が、必要量の大半を供給するはずだった。

途上国にもワクチンを公平分配するため世界保健機関(WHO)が主動する枠組み「COVAX」にもインドは参加し、その一貫として国内で作ったワクチンを輸出さえしてきた。

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しかし、接種開始から3カ月がたった今、インド全土で新型コロナウイルスの感染者と死者が急増している。人口14億人の国で、2回のワクチン接種を完了したのはわずか2600万人で、1回だけ受けた人は約1億2400万人だ。

ナレンドラ・モディ首相率いる政府は、国際社会との取り決めを履行せず、ワクチンの輸出を中止した。それどころか、国内の備蓄もほとんど枯渇している。次にいつ入手できるのか、誰もはっきりしたことは分かっていない。

いったい何がどうして、インドはこの事態に陥ったのか。

供給不足時の需要急騰

4月28日午後、何百万人もの国民がワクチン接種をオンラインで予約しようとしたものの、受付開始から間もなく、受付サイトとアプリが開けなくなった。

インドでは5月1日から18歳ー44歳を対象に、約6億人分のワクチンを新規提供する予定だった。しかし、「CoWin」と呼ばれる予約受付サイトは、一気に押し寄せたアクセスに対応できなかった。

「恐怖のOTPループにはまったまま」と書いた人もいる。「OTP」とは「ワンタイム・パスワード」のことで、自動生成されて登録者に送られる一時的なパスワードが身元確認に使われる。予約しようとしたこの33歳の女性は、次から次へとこのOTPを受け取ったが、どこにも入力できない状態だった。

そもそもそこまでたどりつかなかった人も大勢いる。「#WaitingForOTP(OTP待ち)」というハッシュタグが間もなくツイッターでトレンド入りし、これをネタにしたジョークが飛び交ういわゆる「大喜利」状態が続いた。「CoWin」はやがて復活したが、1300万人もの人に待っていたのは、落胆だった。ついにやっとサイトに登録できたはいいものの、いざ開いてみれば、接種枠に空きのある接種会場はひとつもなかったのだ。

ツイッターでは、「いま登録。空きなし。このCoWinはまるでティンダーだ……そりゃ登録はできるけど……そこから先は自分にはどうしようもない」と、人気デートアプリ「ティンダー」になぞらえて書く人もいた。

https://twitter.com/thevirdas/status/1387365845681074181


こういう人たちは、新たに接種対象になった6億人のごく一部だ。それに加えて、45歳以上でまだ2度目の接種を受けていない人は、約2億人いる。

政府は接種対象を拡大する前に、まず45歳以上の接種を終えるべきだったと、複数の専門家は批判する。特にワクチン供給量が少ないだけに。そして実を言えば4月6日までは、政府はそのつもりだったようだ。保健省は当時、接種ペースを一気に「加速」するなど不可能で、対象を全成人に拡大することはまだ検討していないと話していた。

44歳以下の人たちにも接種を始めようという判断は、全国的な感染急増の中で若者の重症化と入院も増えていることが、おそらく背景にある。

経済学者のパルタ・ムコパディアイさんは、政府は「じっくり腰をすえて、感染リスクの高い人たちに注力すべきだった」と話す。「それが今では(45歳以上の人たちは)新しく接種順位が来た6億人と競争しなくてはならない」。

44歳以下の接種開始が発表されて以降、まだ2回の接種を終えていない人、あるいは1度も接種を受けていない人たちも、接種会場に行列するようになった。ワクチンが枯渇する前になんとか受けたいからだが、それによってむしろ感染の危険が高まっている。

しかし、インドのワクチン接種が大混乱に陥っている原因はほかにもある。

「売り手市場」

インドではこれまで、承認済みのワクチン2種類を購入できるのは連邦政府のみだった(インド政府は、英オックスフォード大学とアストラゼネカが開発しSIIが製造する「コヴィシールド」と、国内企業バーラト・バイオテックが製造する「コックスヴァクシン」を調達している)。

しかしそれが今や、28の州政府に独自調達を認めたばかりか、民間病院にもそれを認めた。つまり州政府や病院は独自に、SIIとバーラトバイオテックと交渉してワクチンを購入できるようになったわけだが、ワクチン代は一気に高騰した。

連邦政府は今なお2社の在庫の50%を、接種1回150ルピー(約200円)で購入できる。しかし、残る50%を競って買い取ろうにも、州政府はその倍額、民間病院は8倍の額を払わなくてはならない。

州政府や民間医院にワクチンの独自購入を認めるというこの決定は、わずか10日前に発表されたばかりだ。ワクチン確保の責任の所在がいきなり移転し、担当者には価格交渉や備蓄確保のための猶予期間がほとんど与えられなかった。しかも、ワクチン・メーカーはまだ連邦政府の注文分を作っているのだ。

「地方自治体が直接、メーカーから買えるようにしている国は、世界でインドだけだ。まったく熟慮が足りない」と、経済学者のムコパディアイさんは批判する。

この措置によってワクチン価格にばらつきが出ているのが心配だと、連邦政府や州政府の感染対策について助言している公衆衛生の専門家、スリナス・レディーさんは話す。

「ワクチン接種は公共の福祉のために必要なことなので、接種はすべて無料であるべきだ」とレディーさんは言い、「なぜ州政府は連邦政府より高値で買わなくてはならないのか。納税者の税金を使っているのは同じなのに」と指摘する。

インドでは今やワクチン接種は「売り手市場」になってしまい、最も貧しい人たちが一番後回しになってしまうと、レディーさんは懸念する。

すでに2つの民間医療法人が、18歳ー44歳を対象にワクチン接種を始めると発表しているが、どのようにしてワクチンを入手したのかは不明だ。一方で多くの州政府はワクチンを確保できないままで、接種対象の拡大は、新しくワクチンが届くまで延期する方針のところも出ている。

ワクチンはいつ届く

実際のところは誰にも分からないようだ。たとえ少しばかり手に入ったとしても、単純計算でまったく足りていないのだから、供給がまったく需要に追いつかない状態は続くはずだ。

45歳以上の国内人口は約4億4000万人。この全員の接種を終えるには、連邦政府はまだ6億1500万回分のワクチンを必要としている。18歳ー44歳については州政府が引き受ける見通しだが、6億2200万人が対象となり、それには12億回を超える分量のワクチンが必要だ。たとえ人口の7割を接種すれば集団免疫が獲得できるとしても、それには8億7000万回分のワクチンが必要だ。この計算には廃棄分は含まれない。つまり、実際にはもっとたくさん備蓄する必要がある。

必要なすべての量を今から1年のうちに接種し終えるには、インドでは毎日350万回の接種を実現する必要がある。現状ではこれに100万回以上足りない。

しかも、供給はまったく不十分だ。SIIは5月に約7000万回分、バーラト・バイオテックは追加で2000万回分を製造する予定で、月9000万回分になる。両社とも製造規模をさらに拡大する予定だが、その実現にはまだ時間がかかる。

ロシア製のスプートニクV(欧州では未承認)など、2社以外のワクチンも近く使用が始まる予定だ。複数のワクチン開発企業が複数のインド企業とすでに製造契約を結んでいるが、ワクチン製造が許可されるには時間がかかる。そのためインドは当面、ロシアからスプートニクVを輸入しており、6月には国内での使用が始まる。

まとめるなら要するに、少なくとも今後数カ月はワクチンが足りない状態が続くというわけだ。もちろん、こうなる前に連邦政府は、あるいは州政府さえ、ワクチン製造態勢強化のため打てる手はいくつもあったはずだ。

「最初の計画(プランA)がうまくいかない場合に備えて、代わりになる次の計画(プランB)を用意しておくべきだ」と、特に感染被害の甚大なマハラシュトラ州のマヘシュ・ザガデ元州保健相は言う。

なぜプランBがないのか

初手の計画がうまくいかなかった場合の、代わりの計画がなぜ用意されていなかったのか。なぜプランBがないのか。多くの人が首をかしげているが、感染の第2波に誰も備えていなかったというのが、実際の答えのようだ。

「感染者は減っていたし、『インドはCOVIDに勝った』という主張が繰り返されていた」と、ウイルス学者のシャヒド・ジャミールさんは話す。2月から3月にかけてワクチン接種のペースが安定して続いていれば、第2波の被害はこれほど激しくならなかっただろうとも言う。

感染対策の複数の専門家は、事態打開のためには特に感染が急速に拡大している地域で感染リスクの高い高齢者や基礎疾患のある人に、まず優先接種すべきだと推奨する。

しかしそれをするには、町や村単位で緊密に感染状況を注視し、感染者や接触者の追跡を確実に行う必要がある。インドではこれがパンデミック発生の初期から欠けていたと、専門家はたちは言う。

ザガデさんは、行政が住民を2万5000人程度の小集団に分けて対応すれば、社会的距離を維持しやすくなるほか、場合によっては戸別訪問しながらワクチン登録してもらうこともできると提唱する。しかし政府が用意した方法は、オンライン登録もしくは接種会場への直接訪問だった。

このため、感染対策の緩みや大規模集会(選挙や祭りなど)のために感染者が急増すると同時に、ワクチン接種は停滞した。

そして、代替の「プランB」はなかった。というのも「プランA」がそもそも、「第2波など来ない」という誤った前提のもとに作られていたからだ。

(英語記事 India's Covid vaccine shortage: The desperate wait gets longer

提供元:https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-56939066

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