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2021年5月5日

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ヴィカス・パンデイ、BBCニュース(デリー)

インドの首都デリーの病院では、2週間近く前から医療用酸素が不足している。しかし、この危機が収まる気配はない。

今月1日にはひとつの大病院で医療用酸素が足りなくなり、医師1人を含む患者12人が亡くなった。病院の外では、入院先を見つけられなかった患者の家族が、携帯用酸素ボンベ探しに苦労している。中には、12時間以上列に並ばないと手に入らないこともある。

デリー市内のいくつかの大病院では、医療用酸素のタンクが毎日補充される。しかし、緊急時のための備蓄が不足しているという。

恐ろしい状況だと言う医師は、「メインの酸素タンクを使い果たしたら、他にはもう頼るものがない」と話した。

酸素を備蓄するタンクがなく、大きなボンベに頼っている小さな病院の状況はさらに悪い。

医療用酸素危機は、インドで新型コロナウイルスの感染者数が急増し続ける中で起きている。

2日にはデリーだけで、新たに2万5000人が感染し、412人が亡くなった。

インド全体ではこの週末、1日当たりの死者数がパンデミック開始以降で最多となったほか、1日当たりの新規感染数が世界で初めて40万件を超えた。

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「毎日が闘い」

シュリ・ラム・シン病院を経営するガウタム・シン医師は、この病院には新型ウイルス用のベッドが50床、集中治療室(ICU)が16床あるものの、確実な酸素供給の保証がないため患者の受け入れを拒否していると話した。

ここ数日、何度も緊急事態だと広く訴えて助けを求め、ぎりぎりのタイミングで酸素を確保し、なんとか院内での惨事を回避してきた。

「毎日が闘いです。病院職員の半分が毎日街に出て、あちこちで酸素ボンベを補充してもらっています」

シン医師は、酸素不足で患者が死ぬかもしれない状況になり、眠れなくなってしまったと話した。

「酸素を確保するために走り回るのではなく、患者の治療に集中したい」

他の病院も、同じような苦労を繰り返している。

デリー市内で病院を家族経営している女性は、医療用酸素の危機が起きたとき、当局との連携はなかったと話した。

「この数日間、誰に連絡して良いのか、誰にこの問題を解決する権限があるのか、全く分からなかった」という。

女性によると、状況は「少し改善」しているものの、酸素供給の先行き不透明感から、新たな患者を受け入れられないという。

「誰かが連絡してきて酸素ボンベのある病床はありますかと聞かれるたびに、ひどい気持ちになりながらノーと答えています。実際にないので」

酸素の備蓄タンクがなく、酸素ボンベに依存している小さな病院からの助けを求める声は、私の元にもほぼ毎日聞こえてくる。

デリー州のアルヴィンド・ケジリワル州首相は繰り返し、医療用酸素の割り当てをしている連邦政府から十分な量を供給されていないと説明している。

一方の連邦政府は、酸素は不足していないが、その輸送に問題が出ていると話している。

デリーの高等裁判所は1日、「政府は今すぐに全てを調整し、医療用酸素を割り当て、その計画を完遂するべきだ」と述べた。

「人々は代償を払っている」

しかし現場の状況はなお逼迫(ひっぱく)している。

アナリストの1人は、「人々は連邦政府と州の政治的論争の代償を払っている。それが命であることもある」と指摘した。

何とか患者を入院させることができても、酸素供給が不確定なため、家族は大きなストレスを抱えることになる。

アルタフ・シャムシさんにとって、この48時間は地獄のようだった。

シャムシさんの家族は先週、全員が新型ウイルス検査で陽性と発覚した。

妊娠していたシャムシさんの妻は特に容体が悪く、4月30日に入院先の病院で出産した。難産の数時間後、妻はICUで人工呼吸器を装着し、今なお危篤状態にある。

シャムシさんは、別の病院で父親が亡くなったと聞いた。それから、妻と赤ちゃんがいる病院から酸素が足りなくなりそうだと連絡を受けた。

この病院はその後、1日分の緊急用の酸素を確保したものの、シャムシさんは同じ問題がまた起きるのではないかと心配している。

「明日はどうなるか誰に分かる?」

酸素をめぐる懸念に加え、病院はスタッフ不足から、シャムシさんの妻子を別の施設へ移動できないかと打診しているという。

この結果、シャムシさん自身が妻の酸素レベルと体温を監視し続けなくてはならない状態だ。

シャムシさんは、「私がいま味わっている痛みを想像することもできないでしょう」と話した。

「父の酸素が足りない」

重症にも関わらず入院先が見つからない患者にとって、携帯用酸素ボンベは呼吸のための唯一の手段だ。これが、デリーで大問題になっている。

アビシェク・シャルマさんの父親の酸素レベルは、1日に下がりだした。シャルマさんは市場に酸素ボンベを手に入れに走った。

店舗を十数軒回ってようやく、6時間ほど酸素を供給できる小さなボンベを見つけた。シャルマさんはその後、大きなボンベを944ドル(約10万円)で購入したものの、中身は空だった。補充ステーションを何軒か回ったものの、助けてくれたところは1カ所だけで、長い列に並ばなければならなかった。

「列に並んでいる間、その1分ごとに、父は酸素が足りなくなっている。でもみんなが同じ状況にあるから、前に入れてくれとも言えなかった。6時間並んでようやく酸素を手に入れたが、明日もまた同じことをしなくちゃならない」

「もし酸素が手に入らなかったらと考えるとぞっとします」

公衆政策と衛生の専門家、チャンドラカント・ラハリヤ博士は、政府は「危機に陥る可能性」を警告されていたが、何の対策も取らなかったと指摘する。

議会の保健委員会は昨年11月、政府に対し、医療用酸素の供給が不十分なことと、病床の「圧倒的な不足」を指摘していた。

ラハリヤ博士は、インドの医療用酸素危機は、流通や供給網の調整を計画していなかったために起きたと指摘した。

一方で、この危機が始まってから2週間がたち、首都デリーで多くの患者が息もできない状況の中、改善の糸口が見えていないことに、多くの人が衝撃を受けている。

「戦時下のような司令室を作った」

こうした危機にあって、多くの市民が患者やその家族を支援しようと動いている。

社会活動家・政治家のテシーン・プーナワラさん、ディリプ・パンデイさん、スリナヴァス・BVさん、そして俳優のソヌ・スードさんなど、著名人も参加し、指揮をとっている。

プーナワラさんは、小さな病院が酸素不足に陥った時に手を差し伸べた。自分の役割については、「助けを求めている人を、助けられる人とつないだ」と話している。

「戦時下の司令室を立ち上げて、少人数で動いています。私はただ知人に電話をかけているだけ。他州にいるけど助けたいという人もいます」

しかし、「状況は日を追うごとに悪化している」という。

「政府が介入して指揮を取るべきです。私のような人は、すべての患者や病院を助けられるほど無限のリソースを持っているわけじゃないので」

デリー市内で病院を営む一家の女性も、同じように心配している。

「酸素不足で亡くなった人たちは救えたはずだと思うと、眠れなくなります。そういう人たちにも家族や小さい子供がいます。その子たちが大きくなって疑問を持ったとき、なぜこうなったのか、どう説明すればいいんのか」

(英語記事 Delhi oxygen crisis deepens as more patients die

提供元:https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-56967777

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