2024年4月19日(金)

足立倫行のプレミアムエッセイ

2021年7月10日

(gyro/gettyimages)

 この7月、〈奄美大島、徳之島、沖縄島北部および西表島〉(鹿児島、沖縄両県)が、ユネスコの世界自然遺産に登録される。生物多様性保全上の重要地域、という理由だ。

 私は今回対象になった4ヵ所を取材で訪れたが、真っ先に思い出すのは西表島である。

 沖縄本島の西南約430キロに位置し、大きさは琵琶湖の半分よりやや小さいくらい。ただしほぼ全域が西表石垣国立公園に含まれ、島の約9割が亜熱帯の樹林に覆われている。人口は2400人ほどだが、居住地は東部と北部の海岸沿いに限られ、いまだに全島を一周する道路も内陸を貫く道路もない。

 従って「自然」は濃い。海辺の林を散策するだけで、日本最大級の蝶オオゴマダラが優雅に舞う姿を目にでき、見上げれば電柱の上に特別天然記念物のカンムリワシ。少し運がよければ草むらを黄色い目元の天然記念物セマルハコガメがのこのこ歩いていたりする。

 掛け値なしの「希少生物の宝庫」なのだ。

 もっとも、西表島の生物多様性を本当に実感するには、やはり専門の案内役が必要になる。

 私が選んだのは、北部の船浦湾のピナイ川河口域のエコツアーだった。

 午後1時半、老人の長い白髭のように54メートルの高さから落ちるピナイサーラの滝で昼食を終えた私たちは、ピナイ川まで戻ってカヌーに乗り、干潟のマングローブを観察するため海水の引いた砂の上に降り立った。

  周辺に、水の上に張り出た根を持つヤエヤマヒルギが生えている。

 「川の中流域で見たオヒルギの根は膝を曲げた形の膝根(しっこん)。下流域に多いヤエヤマヒルギはタコ足に似た支柱根で、より海の近くに生えるヒルギダマシはタケノコみたいな筍根(じゅんこん)です。さて、マングローブの根はなぜこんな変わった形をしているのでしょうか?」

 マングローブは淡水と海水の混じる汽水域の樹林の総称。日本のマングローブ5科7種がすべて揃っているのは西表島のみだ。

 「わかりませんか?」

 ツアー参加者の男女4人は顔を見合わせた。

 「実は呼吸のためです。この汽水域の砂泥中には酸素が乏しく、マングローブの根は地中で呼吸ができない。だから根そのものが空気中でガス交換が行えるよう各自変形したんですね。それで、呼吸根と呼びます。この複雑な根と大量の落葉によって、マングローブ林はたくさんの生物に棲家と餌場を提供し、“生命の揺り籠”の役目を果たしています」

 ガイドの男性はよく勉強していた。

 先刻見た中流のオヒルギの根元にはミナミトビハゼが飛び跳ねていた。傍らに1個300グラムもある大型二枚貝のシレナシジミ。そのシレナシジミを強力なハサミで砕いて食べるのが大型ワタリガニのノコギリガザミ(宿の夕食に出たが味はさほど良くなかった)。

 中流の水の中には、ハゼ類やアイゴ類の幼魚なども無数にいた。大型のカスミアジやハマフエフキの仲間、ナンヨウチヌなども。隣の浦内川では魚の種類380種という調査報告があるが、本土の清流・四万十川で120種だから、とんでもない豊かさだ。

 干潟の上では「軍隊ガニ」の異名を持つ小型のミナミコメツギガニが集団移動中だった。

 「カニなのに横ではなく前に進みます。砂ごと口に運び、有機物などを食べて砂団子を後ろに残す。このカニやシオマネキが干潟の生態系の底辺を支えるんですね。彼らを大型のカニや鳥が食べ、その糞が栄養となってマングローブ林を育て、その林がまた生物を……」

 一般公海の生態生産力を1とすれば、サンゴ礁域は16、しかしより大規模な食物連鎖を行うマングローブ林では21になるという。


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