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2021年9月5日

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小谷 賢 (こたに・けん)

日本大学危機管理学部教授

1973年生まれ。ロンドン大学キングス・カレッジ大学院修士課程修了、京都大学大学院博士課程修了。防衛省防衛研究所主任研究官、英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)客員研究員、防衛大学校講師等を経て現職。主な著書に『インテリジェンスの世界史』(岩波現代全書)、訳書に『特務 スペシャル・デューティー』(日本経済新聞出版社)など。

米国ハワイ州オアフ島にあるクニア基地のゲート。NSAの機密情報を暴露したスノーデン氏は、システム管理者として勤務していた(筆者撮影) (KEN KOTANI)

 前回紹介した米国の中央情報庁(CIA)は、最も有名な米国の情報機関ではあるが、マジョリティーを占めているわけではない。

 実は米国のインテリジェンス・コミュニティーの予算の80%近くは国防総省や軍のインテリジェンス機関が占め、それを統括するのが国防長官となっている。先日、逝去したドナルド・ラムズフェルド元国防長官は、2003年のイラク戦争において指導的な役割を果たしたが、その力の源泉の一つに、彼の元に多くのインテリジェンス機関が集約されていたことが挙げられる。

 国防総省のインテリジェンス機関には、国防情報局(DIA)や偵察衛星を運用する国家偵察局(NRO)、グーグルマップより詳細な地図を作成する国家地球空間情報局(NGA)、さらには各軍の情報部隊があるが、その中でも秘匿性が高いにもかかわらず、有名な組織として国家安全保障局(NSA)がある。

1万人の女性が
暗号解読に従事

 NSAは1952年に陸海空軍の通信傍受組織を統合する形で設置されているが、その前身となった海軍の通信傍受組織は、太平洋戦争中に日本海軍の作戦暗号を解読し、それを42年のミッドウェー海戦の勝利に繋げたことでよく知られている。現在のNSAでもその勝利は通信傍受の金字塔とされ、語り継がれているという。

 最近翻訳出版された『コード・ガールズ』(ライザ・マンディ著、小野木明恵訳、みすず書房)によると、第二次世界大戦中には1万人にも及ぶ女性が米軍の暗号解読作業に従事していたそうであるが、男尊女卑の風潮が強かった時代に多くの女性を登用できたのは、解読における緻密な作業に女性の優れた才能を活用するという、合理性を重視するインテリジェンス機関ならではのエピソードであろう。

 NSAの通信傍受の核心は、解析のためのコンピューターや通信傍受衛星といった技術力と、相手国の領空や領海を侵してまで通信電波を取りに行くという、グレーゾーンの活動の組み合わせによるところが大きい。

 特に後者の工作では、冷戦期にソ連の反撃によって多くの犠牲者を出すに至っているが、それでもNSAが作戦を止めなかったのは、情報を取ることがソ連との情報戦勝利に必要との信念があったからであろう。実際、NSAの通信傍受情報によって、米国は冷戦を有利に戦うことができたのである。

 他方、NSAはファイブ・アイズの中核として、西側同盟国に対する通信傍受も行っている。特に90年代には、英国を除く欧州の民間企業が通信傍受の対象となり、日本の自動車メーカーも情報を取られたとされる。

 これに不信感を募らせた欧州議会は調査委員会を設置し、2001年7月にはNSAを中心とする「エシュロン」が世界中の通信を傍受しているという最終報告書を発表することになる。こうして「エシュロン」という言葉が世界中に広まったが、これはファイブ・アイズ諸国による作戦名の一つにすぎない。

 しかしNSAをもってしても、01年9月11日の米国同時多発テロを予見することはできなかった。確かにNSAは「明日が攻撃開始時刻(zero hour)だ」というテロリストの通信を傍受していたものの、これだけではテロの場所と時間を特定することはできないだろう。その後、テロを予測できなかったNSAは、予算の増加とともに通信傍受に関わる法的な規制の撤廃を政府に要求した。

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